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極東最前線直前

最近どうも腹の具合が思わしくない、と思っていたら、今日になって遂に派手に下痢した。

早起きしたのは午前中の内に免許を再発行しにいかなければならず、更に午後にはあの極東最前線が待ち構えているからなのだ。今日は仕事は休みをもらっているのだった。

ライブのコンディションを考え、朝はお粥にして早速府中の免許工場に原付で赴いた。免許を再発行するのは先日財布を落としてしまって、財布の中に入れていた定期もそのまま失せてしまったからだったが、府中までの原付は無免運転なので本当はNGなのだ。

免許工場で定形の写真を求められたので、オレは事前に家のパソコンで出力しておいた写真を出したら、担当官が早速ルーペのようなものを取り出して写真を拡大し一瞥し、「これなんですけど」と写真を拡大したルーペをオレに近付けて「わかります?これだと解像度が足りないんですよ。あそこに照明写真機があるんで撮ってきてもらえます?」とたしなめるように言うのだった。

オレは閉口した。確かにルーペで拡大すると粗いようではあるけど、身分を確認する時に写真をルーペで確認するようなことがあるのだろうか。拡大などしなければ、オレが持ってきた写真で充分身分証明は果たせるじゃないか。咄嗟にそういうことを考えて腹が立ってきたが、こじらせても答えは変わらないので、ちょっとふてくされた表情と態度で「分かりました」と吐き捨て、照明写真の箱にトボトボ向かった。

照明写真というのは何とつまらないものだろう。オレは今まで大分職を転々としてきたので、この箱には何度となく出入りしているのであるが、楽しい思い出があるはずもなく、むしろ懺悔室に自ら入るような気分になってさえくるのだ。それにこんなつまらないものを拵えるのに700円も搾り取られるのはどういうシステムだろう。

オレはつまらないのと、腹が立っていたので、せめてシステムに対して反抗心を示すために、とびっきりの悪辣の顔で写ってやろう、と企んだ。鏡にむかって一生懸命悪い表情を作って頑張った。出来上がった写真をみると、実に嫌な表情をしてる。それをみて満足するというよりは情けなくなってしまった。

(こんな表情の免許は嫌だナ)と思って後悔したが、実は免許に掲載される写真はこの後、それとは別に取ることになっていたようで、結局まともな顔を作り直して写真撮影をすることができた。

免許を更新するなんて、何て面倒なことだろう、と思っていたが、つまずいたのは写真のゴタゴタだけで、写真が終わるとすぐに引渡場所に案内された。引渡場所は別の棟になっていて、渡り廊下のようなところを通ると、脇の敷地で原付の講習会が行われているのだった。横一列に並んだ受講生が50ccの原付に跨がり、教官の掛け声とともに一斉に走り出す、ということをやっているのだが、原付に乗るのにそんな講習を受けた覚えはないので、何だかバカみたいだ。自動車の普通免許を取ってる人は原付に乗ることを許されているのでオレは講習は受けなかったのだ。ブロロロー、とうなりをあげてスタートダッシュの練習をさせられている受講生は6名。そこになんと教官が3人も4人もいて、何やら大きな声を出して指導している様子に呆れてしまった。

引渡場所までは(免許の再発行など案外簡単だ)と思っていたのに、引渡場所での待ち時間はなかなか長かった。がらんどうのような、体育館のような殺風景な空間にパイプ椅子が整然と並べられていて、まさに教会のようだけど、時々、前方の窓口で免許交付者の番号と名前を棒読みで読み上げてるのは神父ではなく、警察みたいな制服を着たオッサンらとオンナらで、ちっとも有難くない。棒読みだと飽きるからか、彼らなりに抑揚をつけて読み上げようとしてみたり、名前を間違えて読んでしまって「え〜失礼しました」などと言ってる様子は有難くないが悪いヤツらではなさそうである。

自分の免許の再交付が読み上げられるまでオレは本を読み始めたが、すぐに眠くなってしまい、眼を閉じてはしばらくして本をひろげ、すぐに眠くなっては本を閉じて眼も閉じて、そしてまた本をひろげてみたりしていた。眼を閉じてる間、今日の極東最前線のライブでやる予定のラップのパートを思い出しては繰り返し念じてみたりもしていた。

極東最前線に出られるなんて、渋谷クアトロに出られるなんて、いったい今まで想像していたことがあるだろうか。待てよ、いや、そうだ、オレは中学校の時、ロックンロールに頭をぶん殴られたあの時。あの時はクアトロのような、そんな風な大きなステージでプレイすることをあたかも現実にやってくるかのように想像していたのだ。ロックスターになって大きなステージに立っている自分を想像して熱くなっていた時があったのだオレにも、ということを思い出すと何だかまた胸が熱くなってきた。

思い出してみると、中学生の時に極まったロックスターへの熱は、しかし高校生になってアングラ志向にみせられてからは、なりを潜め、大きなステージの夢は別世界のハナシ、と忘れようとさえしていくようになっていったのだ。それでそのままバンドをやり始め、大して人気も出ないままズルズルとこの歳までバンドを続けてきたのだ。そこへ、忘れていた夢が、今になってプカプカと風にのってやってきたのだ。何て面白いことだろう。

いい想像をしながらうとうとと相変わらずオレは、オレの免許が交付されるのを待っているのだが、なかなかオレの番号は呼ばれないのだ。引渡場所の窓際にIC免許の登録内容を確認する機械が何台も、パイプイスと同じように整然と並んでいて、新たな免許を受け取った人はその場で登録内容に間違いがないか照合しなくては出られない流れになっているようだ。大体IC免許なんてのはナンセンス極まりないので、(そんな面倒な作業までやらせて、国は…)と思うのだが、我々は登録内容に間違いがないかまで確認させられなければいけないのだ。

ようやく番号が呼ばれ遂に免許が再交付されたのだが、3600円と写真代700円を取られたので、余計に税金を払っただけのようで悔しくてたまらない。「IC免許の登録内容をこちらで必ず確認してください」と係の警察みたいなおばちゃんに言われて、ハッとしてオレは渋々確認機に向かうのだった。

2012年、アルバイトと大きなライブが決まった

そろそろ更新しなきゃな、と思ってたけど、やっぱり一ヶ月以上経ってしまった。
しかしながら、以前の投稿の後、オレは遂に仕事をみつけたのだ。
みつけたというより、トモダチが紹介してくれた、というのが正しいのだ。
持つべき者はトモダチなのだ。

とはいえ正規社員というヤツじゃないんだ。
派遣社員でも契約社員でもなく、アルバイトというやつだ。
オレは前職で史上初めて正社員という身分で就業していた。
だから、今後もその方向で、と思っていたんだけど、
どうもうまくいかなかったね。

どうもうまくいかなかったからバイトかよ、
とお思いでしょうが、そうなんです。ただそれだけ。
今後も音楽活動をしっかりやっていこうと開き直ったわけ。

そんな風に思わせてくれたのが実は「極東最前線」出演決定、という大事件。
「極東最前線」はイースタンユースが長いこと継続している伝説のイベントで、
オレとクラッチは高校時代からその存在を知り、憧れ続けていたイベントなのだ。
オレがボンボン高校でひねくれていた当時、
「インディーズ」という言葉が俄にブームになりつつあり、
オルタナティブなロックバンドが少しずつメジャー進出を成し遂げていた。
パンク界隈ではメロコアがポップ化しており、「インディーズ」好きじゃなくても、
メロコアは周りの多くの学生も聞くようになっていた頃だが、
メロディアスでありハードコアな本物のバンドが、そのイースタンユースといった感じで、
大好きだったレスザンTVの人達も皆イースタンユースをリスペクトしていた。

その一切の妥協を許さぬ、といった感じのストイックなバンドアティチュードと、
吉野さんの文学的エモーショナルな歌詞の世界観は圧倒的であり、
他と交わらぬ雰囲気といい、何者にも媚びない漢(おとこ)らしさといい、
とにかく孤高の存在感を持っていた。
そしてイースタンユースの企画「極東最前線」で招かれるバンドは、
どれも強者、曲者、無頼者の類で、個性を感じさせるバンドがほとんどだった。

オレもクラッチも大学を出る辺りから頻々とライブハウスに出入りするようなことは、
ほとんどなくなっていった訳だが、
あれから10年、イースタユースは独自のスタンスで音楽活動を続け、
人気を不動のモノとし、そして現役で活動をつづけている。
そしてそして、その「極東最前線」もいまだに継続されているのだ。
あの頃今は無き新宿ロフトや、下北沢シェルターで行われていたこのイベントが、
今や渋谷クアトロで企画されているのであって、
オレとクラッチが「極東最前線」の誘いを受けて涙まじりに喜びあったのは、
無理もないハナシなのだ。

さて、その「極東最前線」が4/13(金)である。
平日のライブというのは大体仕事を休まなくちゃいけないのである。
今回職探しをしていたオレは、
とにかくバンドは趣味です、という体裁にしないと印象が悪いと思い、
実は平日のライブにはほとんど出ないつもりで面接を受けていたのだ。
ところがイースタンユースからのお誘いを断るバカはいないだろう、
という訳で4/13が必ず休めるような仕事をみつけることにシフトチェンジしたのだ。
そういう条件を考えていたら、あれよあれよと簡単にバイトが決まってしまった。
そういう訳でオレは極東フリーター最前線に舞い戻ったのである。

オレが前職を辞める直前の、まったく変なタイミングでできたカノジョが、
職を失ってからのオレに「アタシはバイトでもいいと思うよ」と、
なにげなく言ってくれたのには泣きそうになった。
(ありがとう)、超感謝しつつ心の中で呟いたが、オレはやっぱりカネが欲しいと思って、
正社員での就業を粘って探して回ってたんだ。

ところがね、結局、ああ、どういう訳だか赤い疑惑なのであります。

「極東最前線」、皆様のお越しをお待ちしております。

スケジュール2012

新年あけましておめでとうございます

不穏な2011年はあっという間に過ぎた。
思考停止でよかった日常が反省とともにつきつけられて、
震災に原発に、気にかけなければいけない事項が沢山出てきたので、
慌ただしさに拍車がかかったように思う。

そういう訳であっという間に年が明けてしまった。
年が明けたというのに「赤い通信」をクリックしたら広告が出てるじゃないか。
この無料ブログというサービスもなかなか不思議なものだが、
こうやって一ヶ月以上更新がないとトップに望んでもいない広告が出てくるんだから、
なかなか巧妙なからくりが組み込まれているものだよなあ。

何とも面倒くさいけど、広告が出ないように月に一回くらい更新したいね。
前回の記事にも書いたけど、
ブログを更新するのが311以降億劫になった人がいるんじゃない?
そもそもブログが長続きする人って少ないみたいね。
不特定多数の人にすぐ届くから、いわゆる「三日坊主」になりがちな手帳の日記より、
ブログは人に見せる前提で体裁を整えて、
功利的にやるものだから続きやすいんじゃないかとも思うけどそれがなかなか難しいらしい。

それを311以降に結びつけるのは言い訳みたいだけど、
実際どうなんだろう。
オレは311以降全然曲を作る気にもならないんだけど、これは言い訳でしょーね。
そうでもないのかな。実際どーですか?

生業でなく芸術やってる人にとって、そういうモチベーションの変化を知りたいけど、
なんとなく虚しくなっちゃう感じ。
これは、トシのせいもあるのかもしれないね。
無職になって時間あまったナ、今暇だな、って思った時は恐ろしい。
今までギュウギュウに詰め込むタイプだったから、
例えばじゃあ曲を作ろうとか、ギターを弾こうとか、ブログを書こうとか、
人に遭おうとか、いろいろ詰め込んでいたんだけど、
その勘がニブってるっていうのかなあ、
どれをやってもダメだろうなあ、なんてやる前から思うようになっちゃった。

かといって死のうかな、っていう風にはならない。
死んだら楽だなとは思うようになったけど、そんなことできないね。
そんなこと考えるたび、オレ、まともなんだな、と思うね。
でも自殺ってホントに多い。

自殺なんて身近に起こることないだろうな、と思ってたのに、
20代の内にシリアイのシリアイとかで何件もそんな事実を知らされたし、
最終的には前回の記事に書いたみたいに現場まで見ちゃったんだし。
これは大変な問題。
でもオレの心の師、深沢七郎は「自然淘汰」だと言い切ってる。
確かに人が増えすぎたんだと思う。

そうそう、去年、カノジョのイベントに誘われて赤い疑惑で出演した時に、
それは、所謂深夜のクラブイベントなんだけど、面白いことがあった。
赤い疑惑さん、赤い疑惑さん、とかいっておだてられて出たはいいけど、
全然ライブが盛り上がらなくて、
ライブ終わった後たまたま観に来てくれていたトモダチが楽屋にきて、
(今日のライブ)全然ダメだったねー、とダメ出しする。

メンバーはいつも通り落ち着いて演奏したし、何でダメだったかな、
と思ってるんだけど、トモダチ曰く、
深夜のパーティーに来てる人なんてみんな現実逃避しに来てるんだから、
酒飲んで楽しくなりたい人の前で一曲目に「自殺」なんて出てきちゃダメでしょ、
云々、と、とにかく曲順の構成が悪すぎるという指摘をするのだ。
言われてみればその通りだな、と思ったけど、
「自殺」が歌詞に出てくる、その時一曲目に披露した「東京のボンボン」は、
割と人気のある曲で、テンポもいいから、
まずはそれで契機をつけようと思ってやっただけなのだった。
カノジョのリクエストでもあったのだ。

その曲はファニーな歌詞も散りばめてあるけど現実直視的なフレーズも頻出する。
だから、結局オレはこの曲で客がどう反応するかなんて予想できないのだ。
とはいっても他に明るい曲もないので、どうすることもできない。
トモダチは赤い疑惑のアツき理解者で、
「いやいや、他にいろいろあるでしょ、いい曲が〜」と言ってフォローしてくれたが、
オレはあんまりピンとこない。
赤い疑惑はこういうことしかできないし、
今のオレの嗜好がこういう風になってしまったのだから仕方ない、としか思えなかった。

「自殺」なんて歌詞に書いちゃダメですね。
みんなに嫌われちゃう。
赤い疑惑はダンスミュージックを意識し始めた頃から、
きっとパーティーピーポーにウケる、と勘違いしてたけど、
確かにパーティーで上がりたい人対象の音楽ではない気がしてきて仕方ない。
アンチパーティーバンドなんだな赤い疑惑は。

日本の政治が消費税を段階的に上げるとかなんとか、
経済を活性化させないととか言ってるけど、
そんなこと言ってるから死にたくなる人が増えるんじゃないの?
買え買え買えの広告から逃げるのに一苦労してるのに、
買わないと社会がよくならない、なんてのはどうかしてるよ。
企業は新製品を作り続けなきゃいけないような仕組みになってるけど、
もう要らないから、もっと省エネなシステムを作ってくれないか?
カネとモノと便利に支配されてりゃ、生き甲斐なんて掴めるはずないのに。
ただ人と人の小さなコミュニケーションとか、愛情とか、
ボーッとする時間とか、そういうものの価値を再確認しないと苦しくなる一方だよ。

赤い疑惑のライブ情報

1/13(金)
BREAKfAST presents
『B&B&B』
@小岩BUSHBASH
start 18:30
door 1500yen
【出演】
・BREAKfAST
・MU-STAR GROUP
・KEN2D SPECIAL
・sunouchi kemm
・赤い疑惑

2/4(土)
赤い疑惑presents
「みんなのうた vol.4」
@国立地球屋
open 19:00
start 20:00
charge 1500yen+1drink
【出演】
・SUPERDUMB
・赤い疑惑
【DJ】
・NAMETAKE

という訳で、みなさん、今年もよろしくお願いします。

赤いプロダクション 代表
アクセル長尾

大きな地震が起きて

3月11日に大きな地震が東北地方を襲った。M9を記録した揺れは関東圏にもおよび、オレも、周りのみんなも、肝を冷やした。あの恐ろしい津波の被害を被らなかった地域でも東日本に住む人はもれなくその恐怖を感じたはずだった。

地震の直後に福島県にある原子力発電所が爆発してさらに大変な騒ぎになった。オレは東電や国、政府などの酷い対応や、メディアや企業の隠蔽工作などがツイッターを通して、洪水のように流れてくるのに必死で目を通しながら落ち着かない日々を過ごした。ツイッターと新聞やテレビの報道内容が食い違っているので、普段は新聞とテレビに頼るオヤジと、意見がまったく食い違ったりするので焦った。

事故から連鎖的に発生した電力不足騒ぎや、甚大な東北地方の被害やらが一体となって世間が落ち着かない雰囲気なのは誰が見ても明らかだった。景気もまた悪化に拍車がかかるだろう、というような噂は社会経済に疎いオレでもなんとなくそんな気がしていた。

知り合いの中には事故でばら撒かれた放射能の被害を恐れて東京を離れるものもでてきた。事態はかなり深刻で、戦争を知らずに生きてきたオレが覚えてる中では、確実に最もショック度の強い出来事であると思ったし、それは上の世代の人間も同じようなことを言っているのだ。

事故の直後はみんな今後のことが不安で、知り合いや友達を訪ねたりしながら情報交換をし、多少の安心を得ようと努めていた。オレも常にソワソワしながら過ごしたが、ライフワークとして信じていた音楽でさえも、こんな状態ではそのものの価値が分からなくなったりした。継続的に行っていた作曲活動もあまり身が入らない。

それから約2ヶ月後、オレはトモダチを連れ合って宮城県、石巻市の被災した地域にボランティアで復興作業のお手伝いに出かけて行った。そんなことをしたというと、周りから「偉いねえ」とか何とかやたらと讃えられたりしたが、オレは善意より興味の方が先行していて、とりあえず被災地をこの眼で見ておきたいと思って行ったのだ。そしてその体験は地震と津波がどれほどの猛威であったのかをありありと想像させるほどの風景であり、そこで避難する人や復興にあたる人達の動きを生で見て感じることができてとても有意義だった。

オレはその時撮影した写真を数点ブログにアップしたが、実はその記事以外ほとんどブログを更新できずにいた。それまでもすでに更新のペースは緩慢になりつつあったが、原発事故以降は物事の価値観がグラついてしまったおかげか、まったくブログを更新する気力はおこらなかった。

ツイッターを介して各地で原発に反対するデモが行われるのを知った。東電や国や政府、メディアに学者、企業にそのほか、いろいろなことに腹が立っていたオレはすぐにデモに参加することにした。それまでデモなんて野暮ったいイメージしかもっていなかったし、自分は(そういうのはどうも)と思っていたのだが、今回の原発事故に関してはあまりにも我慢できない項目が多すぎる気がしたし、周りの人間もほぼ同じような見解だった。

それから数回いろいろなデモに参加して声を張り上げたりしているのだが、その効果というのはすぐに分かるものでもないし、地道な活動の継続が必要になりそう、という参加者の共通認識があったので、これはとにかく頑張り続ける以外にないのかもしれない。

原発の是非、デモの是非に関しては世代で大体似たような感覚があるようであるが、先日「反原発デモに反対」という具体的、明確な意見を持った同世代の人と酒を飲む機会があり話し合ったのだが、オレは論戦というものが苦手なのか相手の言い分にほとんど抗することができなくて始終押され気味で最後までそんな調子だった。オレはそれでも引き続きデモに参加しようと思っているが、デモ反対派の眼が意外と近いところにもあり、そういう主張をする人間がいることも心しておかねばならないだろう、と思った。

3.11で日本が変わった。そんな風にいろんな人が口々にするし、オレも何となくそんな風に感じている。あたかも日本が引っくり返って、金持ちが転覆して、金のないヤツと同じ地平に立つ時がやって来た、という浅はか過ぎる想像を頭に浮かべながらソワソワしていたのだが、そんな革命は起こるはずもなく、どうやら、金持ちは収益が少し減って、金のないヤツは今までにも増して苦しくなるだろうということだと分かってオレは落胆した。

そして音楽業界の端っこで働いていたオレはCDが売れない状況に拍車がかかりそうな気がしたことと、職場の内部事情に辟易して仕事を辞めてしまった。こんな不景気な状況で先のことを考えず辞めてしまったのだからオレも余程脳天気なのだろうか。

ところで3.11の衝撃を挟んで製作されていた赤い疑惑の新作「オレ達は日本で生きている」は多くの賛辞をいただきながらリリースされる運びとなったが、これが想像以上に売れない。1500円とリーズナブルな価格設定を心がけたが売行きは前作と同様たいして伸びない。1000枚刷ったCDの残り在庫が虚しく家に積まれている。

ライブの動員もちっともよくならないし、イベントに誘ってくれる方々に毎回申し訳ないなと思いながら活動している。ところがノリがイケイケではない赤い疑惑のメンバーは、沢山ライブをやると曲も作れないし、モチベーションの維持ができないということでお誘いに対する返答も「出ます、出ます!」といったものではない。メンバーの腰の重さは年々確かなものになっていく。そこで、僕らは思い切って「そろそろギャラの交渉をしてみてはどうか」という決定がくだされた。

赤い疑惑も10年くらいになり、どんなバンドとも似つかない強固なオリジナリティーを確立したと自負しているし、ギャラくらい交渉してもいいだろう、ということになったのだ。ただ慣れないことなのでこれがなかなか難しい。先日は京都の某イベントに招待されて、なかなか豪華そうなメンツの出るイベントなのでこれは出たかったのだが、こっちがギャラを提示すると、しばらく返信がなくなり、返事がきた、と思ったら「今回は条件があいませんでしたのでお誘いを見送らせていただくことになりました」というものでずっこけた。

そういえばたっぷりと失恋を唄った「オレ達は日本で生きてる」をリリース後、なんと恋人ができたのだ。もう恋愛に関しては諦めが先行していた矢先だったので心を躍らせたのは口にするまでもない。しかし何の因果か知らないが彼女ができたその日、訳あってマンガ喫茶で夜を明かした俺が地元の駅に降りたち、自転車でいつもの道を寝ぼけ眼で進んでいき、通る度に毎度癒される小金井公園の中で物騒なモノにぶつかったのだ。

それは首吊りの現場だった。(アレ、警察がこんなところで何してるんだろう)と前方に二人の警察官が立ち話をしているのが視界に入った。その警察官の脇を自転車で通り過ぎようとすると二人の向こうの木の茂みにもう一人の警官が写真機をぶら下げて、ストロボをたきながら写真を撮っているのが見えた。そのカメラの向こうには黒ぶちメガネをかけた若者の姿が、すーっと浮かび上がったのだが、その首からは上方の木の枝に向かって紐が伸びていたのだ。

オレはそこで吃驚して数十秒自転車を止めて、(確かにこれは首吊り以外の何物でもない)ということをその情景から判断し、(何で彼女ができたなんていう目出たいタイミングでこういうモノを目撃するのだろう)と余計な憶測、意味付けを試みたが頭が回転しないので、すぐに自転車を漕ぎだした。朝の7時前後ですでにチラホラと公園を周遊するランニングじじばばや、ウォーキングじじばばの姿が見え出していた。近くをすれ違って首吊り現場に眼を向けているオバちゃんに何となく声をかけた。この現場が夢ではなく現実のものだと確かめたかったのかもしれない。

「ね〜え、何だかねえ。そうみたいねえ。」
そんな風な返答をオバちゃんがしてくれたので、(はっ、やっぱりこれは現実なのだナ)と思った。オバちゃんは何故か少し口元から頬にかけて笑っているようにもみえた。それは無論、首吊り現場を笑っていたわけではなくて、自然とそういう表情になってしまったような感じだった。その顔を見てオレは少し安心したのだが、「インタビューに答える被災者の人が何故かちょっと恥ずかしそうに笑ったりするんだよね。アレ、おかしいよね。不思議だよ。日本人の特徴なのかな。」とテレビの被災地映像などに対するコメントを残したイワサキ君の言葉を思い出してオカシな気持になった。

オレはボーっとした頭を引きづりながら帰宅し、彼女ができたことをオヤジに報告するとオヤジは随分と嬉しそうな、イヤラシイ表情を返したのだったが、隠すこともできず、小金井公園で見た自殺現場のことも報告せざるを得なかった。

HISAICHI おまけ

今回、石巻での支援作業の中で、被災して浸水したお宅の床板はがしとガラ出しをやった。
現地では所定のガレキ集積所があちこちに設けられていて、
僕らがガラを捨てに行った集積所は近隣の山の裾野を少し登った空き地にあった。

そこのガレキの山が圧倒的すぎて写真に収めたかったのだが、
カメラを持っていなかったのでクラッチの嫁に撮影しておいてもらった。
これがその時の写真です。

スモーキーマウンテン

スモーキーマウンテン2

以前、スモーキーマウンテンと呼ばれるフィリピンのゴミの集積所のことを映画で見た。
そのスモーキーマウンテンのゴミを拾って生活をする人を追ったドキュメンタリー映画だった。
一瞬その映画で見た景観と重なって見えた。
フィリピンのスモーキーマウンテンでは、
太陽光によりゴミが自然発火を起こし、
常にメタンガスなどの有毒ガスの煙が上がっている状態だった。
実際、この石巻のガレキの山からも煙が出ていた(同行の友人談)そうだ。

スモーキーマウンテン3

ゴミはガレキ、鉄・ガラス等の危険物、その他のゴミ、処分に分別が必要な電化製品、
といった具合にかなり大雑把に分けられており、これは電化製品の墓場。
一見生鮮売場のスタッフにも見える作業スタイルのオレ↓

スモーキーマウンテン4

現場では山を崩れないように成形するショベルカーの作業員の他、
受付・管理などのスタッフが2、3人走り回って働いていた。
元気に働く女の子の姿も見えた。
規模の大小はあれど、被災地にはいたる所にこういった集積所があるのだった。
プロフィール

アクセル長尾

Author:アクセル長尾
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