面白いワールドミュージックをブログで紹介していきたい、
と常々思っているのであるが、
いざブログにアップするとなると、なかなかそれに向かう気力および体力が伴わず、
ついつい毎日が怒涛のように過ぎていく。
しかしやはりオレが見聞き知った現在のワールドミュージックは面白い、
と強く思うことが多く、どうか日本の、特に若い人達がこの面白い音楽を
もっともっと聞いてほしいと感じている。
以前、関西で知り合った赤い疑惑ファンの少年(青年?確か十代だ)と
ライブの打ち上げで話してた時のことだ。
「長尾さんがブログで紹介してたスタッフベンダビリリ、
すごくいいっすね。僕買っちゃいました。」
S君は目を輝かせながらオレにそう語ってくれて、
「もっといっぱい紹介してください。」
とかなり興奮気味で、オレはS君の興奮ぶりに圧倒されて、
それなりのリアクションもできず、ただ、そうかそうか、と感じ入ってしまった。
こんなオレでも役に立つのかな、と思うと己の厭世的思考傾向を、
改めて考え直さざるを得ない気分になった。
チェスダカの存在を知ったのは未来世紀メキシコおよび、
ショーゴ氏にもらったCDがきっかけであった。
その3曲入りのCDに、若々しくやんちゃなエネルギー以外特に感じるところはなく、
なんとなく名前だけ覚えていたが、
その後いろいろなタイミングで彼らの存在を意識する機会を多く持ち、
そしてあれはいつだったか、EKDのライブが新宿の小さなバーで行なわれた時だ。
その催しはグローバリズムや利権に関するシンポジウムというか、
そのようなイベントだった。
先日参加した渋谷宮下公園ナイキ化反対イベントの主催のおがわてつお氏も
そのイベントで「企業が公衆のものを巧みに私有化する」という問題について語ってもいた。
そこに以前紹介したRADIOCHANGO JP(日本支部のような存在)のスタッフが
参加していた、のか主催していたのか、は今はちと思い出せないのだが、
とにかくその場に来ていた。
RADIOCHANGO JPというのはスペイン、バルセロナのメスティソシーン
(混血シーン━━ヨーロッパはアフロ系の移民やアラブ系の移民が多い、
また、オレはここでメスティソシーンという言葉を
勿論音楽シーンのことをさして言っているのである)
の発信基地的なwebサイト組織のことである(恐らく)。
それで、当のチェ・スダカというバンドはRADIOCHANGOの看板バンド的な存在であり、
未来世紀メキシコのみんなが衝撃を受けたバンドであり、
一方オレはその時まではあまり注意を払っていなかったバンドなのであった。
しかし、たまたまなのか、RADIOCHANGO JPのスタッフはチェ・スダカのCDを持参していて、
かなり割安な金額でそれを売っていたのだ。
なかなかいいジャケットだし、未来世紀メキシコのみんなが衝撃受けてる、
てえのは気になるので、それで買ってみることにし、
ついでにRADIOCHANGO JPのスタッフに赤い疑惑の宣伝をもして帰ったのであった。
(後日このJPのスタッフは親切にもバルセロナのRADIOCHANGO本部に
赤い疑惑のことを仔細に紹介してくれもしたのであった)
本題はチェスダカであった。
オレはそのイベントから帰った夜、どんなもんかいな、と思ってチェスダカのCDを
我が部屋(6畳未満、足の踏み場2畳未満)で早速聞いてみた。
さっき、オレはその時まではチェスダカの印象を
「若々しくやんちゃなエネルギー以外特に」と書いたが、
補足して言うと、その時まではチェスダカがパンク・ハードコア出身のバンドであり、
そこにラガ(ラガマフィン━━レゲエのボーカルスタイル)がかぶさったり、
少し異国情緒(それまでスペインの音楽をあまり知らなかったので)が感じられる、
そういう程度の、なんとなくの先入観しか持っていなかった訳だが、
そのCDを聞いた時はホントに吃驚した。
パンク・ハードコア、ラガ、スパニッシュというキーワードが何か変化してる訳ではないが
とにかくメロディーと曲の仕上がり具合、曲間の繋ぎ具合、過剰じゃないやんちゃ具合、
これらが絶妙に、なんとも、、、いかん、音楽を語り出してしまった。
とにかくオレは感動しちゃって涙がこみ上げてきた。
(オレは三十歳にもなって、ロックでこんな興奮できる感受性があったのか)
と自分で自分を疑う程、心をグラグラ揺らされた。
それは上等な音楽、とか下等な音楽とかいう感じ方じゃなくて、
感情が先走ってしまい、いささか冷静さを失うといった心の揺籃であった。
聞いた後興奮抑えきれずEKDに突然の「ありがとうメール」を打ち、
その後、もう一回聞いてみたがやっぱり感動的だった。
(オレはそれまで否定していた、ギターにシールを貼ることを
特別に肯定して我がギターにチェスダカのシールだけは貼ってしまった…)
チェスダカのそのアルバム(3rdアルバム)の何かのレビューに
「バンドが化けることがある、というが、
このチェスダカはこのアルバムで化けた」
というくだりがあって、遡って1stと2ndを聞いていたオレは、
その言葉に深く同意せずにはいられなかった。
同時にこのチェスダカの名盤3rdアルバムが完成したのは
オレが大学卒業当初に出会った
━━しかもアジア貧乏旅行の途上、カンボジアの湖畔にあった安宿の、
風通しのいいロビーで欧米のヒッピーに教えてもらった、
マヌチャオの存在がなければなるまい、とも思ってもいた。
日本にはあまり入ってこない地域の熱いロックのハナシであります。
ではyoutube。