家族旅行 その二
一旦荷物を別荘内に入れてしまって、家族3人は早速クロの墓作りにとりかかった。とはいっても、オレも、姉も、「墓を作る」という発想にあまり実感がないばかりか、どうしていいのかもよく分からない。だから、自然オレと姉はオヤジの動きに注意して、協力的に任務を遂行すればよいのである。
オヤジが別荘の周囲を歩き出し、まず場所を決める。別荘のキッチンの裏の、ちょっと傾斜して上がった一帯にめぼしをつける。この辺りがいいんじゃないか、といってオヤジが2本の木から二等辺三角で結ばれる点を足で指した。当然それに異存を挟む理由はなく、シャベルを握っていたオレは勢いよく土を掘り起こし始めた。しかし、20センチ掘るか掘らないかの内に大きな石にぶつかった。周囲を掘って、なかなかの大きさがあることがわかる。オレが一休みしようとするとオヤジが、どれ、といってオレからシャベルを奪い取りさらに勢いよく石の周囲を掘り始める。そのこなれたシャベルさばきを見てオレは怯んだ。老いぼれたオヤジがオレよりも全然要領よく掘り進めていくので、何だか悔しい、と思ったが、こういうオヤジの背中がいまだに頼もしくも感じられ、冷静にオレのスコップさばきとの違いがどこにあるかに注意を払って観察した。こういう時は黙って学ぶに限る。
オヤジの奮闘も虚しく、石は予想以上にデカい。石の下にシャベルを滑り込ませて、てこのアレで石を持ち上げようとしてもシャベルが折れそうになるだけで、ほとんど歯が立たない。クロの墓作りは暗礁に乗り上げた、かに思われたがすぐにオヤジが、ロープを探してくる、と言って消えてしまった。オレは別の場所を掘ればいいのでは、と考えなくもなかったが、この石をどうしてもどかす、と決意したらしいオヤジの気持ちを優先させたかった。オヤジが戻ってくるまでオレと姉とで代わりばんこに石の周囲を、できるだけ作業しやすいように掘り進めた。姉はもちろんオレよりも非力なうえ、シャベルを握ったこともほとんどないようだったので、無理してやんなくてもいいよ、とオレは止めたりしたけども、自分だけ見学というのは納得いかなかったのだろう。慣れない手つきでも一生懸命シャベルを振り回す。姉が人一倍クロをかわいがっていたことを考えると当然なのかもしれないな。それにしても見てられないや。いいよいいよ、代わるよ。
じきにオヤジが、どっから見つけ出してきたのか、このデカブツを引っぱり上げる激務にも耐えられそうな、4、5メートルほどのしっかりしたロープを携えて現れた。ロープを石の下にグリグリと滑り込ませてオヤジが引っ張るが、ロープだけが石の周囲を滑って地表に上がってくるばかりで、全然ハナシにならない。オレがシャベルのてこのアレで加勢して、ロープとの合わせ技で引っぱり上げようとしても、なかなかうまくいかない。姉は手伝い様を探してあたふたしているが、どうにもならない。今度は、ロープをしかけた上でオレが膝建ちになって、穴に上半身を被せ、両の腕を穴の側面と石の間に滑り込ませて、オヤジがロープを引っ張るのに合わせて素手で持ち上げようと試みた。都会育ちのオレは、湿った、山の有機的な土を触るのが久々で、ヌメっとしたその石の表面の触感に一瞬躊躇しかけたが、姉が観ている前で恥ずかしいのでオトコらしく、石に抱きつくような格好になった。しかしながら石はちょっと浮いても、すぐにロープが石から外れちゃう。一度はロープが勢いよく石から外れて、ロープを引っ張っていたオヤジが、背中から土くれの中にひっくりかえってしまった。その無様なオヤジの姿は、先日オヤジと一緒に姉の引越で汗を流した際にも見た光景でもあり、オヤジには失礼だが流石にマンガみたいで可笑しくて、腹をかかえて笑った。そんなオヤジを笑っている非力な自分まで可笑しく思えて笑いが止まらない。
笑いを必死でこらえながら、すぐに作業再開。その内に、ズボンやら腕やらが泥だらけになるが、もうここまできたらどうしてもこの石をどけないと気が済まない。それはオレもオヤジも同じ志しであることにもはや疑いの余地はなかった。
何度もロープの滑り込ませる角度を研究しながら、改善を重ねていくうち、コツが見え出したのか、いつしかバカデカいその石は、目出たく地表へと転がり出たのであった。3人は達成感にしばらく酔っていた。死んだ魂を葬るというのに、オレにはその目出たいような達成感が、不思議と自然なことのように思われた。一気に大きな穴となったその穴に、クロの骨壺から目立つ骨を選んで取り出し、交代で穴の中に落としていく。細かい骨片になってしまうとオヤジが、「もうあとはいいだろう」といって、骨壺を逆さに向けた。石灰のようになった骨がサーッと穴の底辺に広がり、周囲はショコラにマブした粉糖のようであった。昔は土葬が当り前だった、とオヤジが話し出した。今みたいに骨壺に入れて安置するわけじゃなかった、というようなことを言っているのだ。そうかなるほど、と思うと不思議な感じがした。胸がジーンとしてくるものがあるのだ。骨の上に土をかぶせて戻す時も、その感動は強まるようだった。姉が「何か自然でいいね」と呟く。まったくその通りだな、思いながらオレの胸はいっぱいになった。
引き続きオヤジの指導のもと、クロの骨を埋めた場所を今度は反対に盛り上がらせる。周りの地面を少し掘って、その土を、クロの骨を埋めた地点に被せて少し盛り上がらせてやるのだ。さっきまでの、石をどける難儀が嘘のようにことはスムーズに運ぶ。適当に土が盛り上がると、そこにさっき河原で拾った石━━そう、別荘に来る途中、河原に立寄り、クロの墓用にと計画的にみつけてきた適当な墓石━━を置いた。それっぽくさせるためにオヤジがそれよりも随分小振りな石を2つ、墓石の両膝元に敷いた。添え石をすると、実際に、より墓っぽくなった。完成して、ひとしきり例えようのない達成感味わうと、オヤジから順番に墓の前で神式のお祈りをする。結局雨はまだ降らないでいてくれるようだ。
オヤジが別荘の周囲を歩き出し、まず場所を決める。別荘のキッチンの裏の、ちょっと傾斜して上がった一帯にめぼしをつける。この辺りがいいんじゃないか、といってオヤジが2本の木から二等辺三角で結ばれる点を足で指した。当然それに異存を挟む理由はなく、シャベルを握っていたオレは勢いよく土を掘り起こし始めた。しかし、20センチ掘るか掘らないかの内に大きな石にぶつかった。周囲を掘って、なかなかの大きさがあることがわかる。オレが一休みしようとするとオヤジが、どれ、といってオレからシャベルを奪い取りさらに勢いよく石の周囲を掘り始める。そのこなれたシャベルさばきを見てオレは怯んだ。老いぼれたオヤジがオレよりも全然要領よく掘り進めていくので、何だか悔しい、と思ったが、こういうオヤジの背中がいまだに頼もしくも感じられ、冷静にオレのスコップさばきとの違いがどこにあるかに注意を払って観察した。こういう時は黙って学ぶに限る。
オヤジの奮闘も虚しく、石は予想以上にデカい。石の下にシャベルを滑り込ませて、てこのアレで石を持ち上げようとしてもシャベルが折れそうになるだけで、ほとんど歯が立たない。クロの墓作りは暗礁に乗り上げた、かに思われたがすぐにオヤジが、ロープを探してくる、と言って消えてしまった。オレは別の場所を掘ればいいのでは、と考えなくもなかったが、この石をどうしてもどかす、と決意したらしいオヤジの気持ちを優先させたかった。オヤジが戻ってくるまでオレと姉とで代わりばんこに石の周囲を、できるだけ作業しやすいように掘り進めた。姉はもちろんオレよりも非力なうえ、シャベルを握ったこともほとんどないようだったので、無理してやんなくてもいいよ、とオレは止めたりしたけども、自分だけ見学というのは納得いかなかったのだろう。慣れない手つきでも一生懸命シャベルを振り回す。姉が人一倍クロをかわいがっていたことを考えると当然なのかもしれないな。それにしても見てられないや。いいよいいよ、代わるよ。
じきにオヤジが、どっから見つけ出してきたのか、このデカブツを引っぱり上げる激務にも耐えられそうな、4、5メートルほどのしっかりしたロープを携えて現れた。ロープを石の下にグリグリと滑り込ませてオヤジが引っ張るが、ロープだけが石の周囲を滑って地表に上がってくるばかりで、全然ハナシにならない。オレがシャベルのてこのアレで加勢して、ロープとの合わせ技で引っぱり上げようとしても、なかなかうまくいかない。姉は手伝い様を探してあたふたしているが、どうにもならない。今度は、ロープをしかけた上でオレが膝建ちになって、穴に上半身を被せ、両の腕を穴の側面と石の間に滑り込ませて、オヤジがロープを引っ張るのに合わせて素手で持ち上げようと試みた。都会育ちのオレは、湿った、山の有機的な土を触るのが久々で、ヌメっとしたその石の表面の触感に一瞬躊躇しかけたが、姉が観ている前で恥ずかしいのでオトコらしく、石に抱きつくような格好になった。しかしながら石はちょっと浮いても、すぐにロープが石から外れちゃう。一度はロープが勢いよく石から外れて、ロープを引っ張っていたオヤジが、背中から土くれの中にひっくりかえってしまった。その無様なオヤジの姿は、先日オヤジと一緒に姉の引越で汗を流した際にも見た光景でもあり、オヤジには失礼だが流石にマンガみたいで可笑しくて、腹をかかえて笑った。そんなオヤジを笑っている非力な自分まで可笑しく思えて笑いが止まらない。
笑いを必死でこらえながら、すぐに作業再開。その内に、ズボンやら腕やらが泥だらけになるが、もうここまできたらどうしてもこの石をどけないと気が済まない。それはオレもオヤジも同じ志しであることにもはや疑いの余地はなかった。
何度もロープの滑り込ませる角度を研究しながら、改善を重ねていくうち、コツが見え出したのか、いつしかバカデカいその石は、目出たく地表へと転がり出たのであった。3人は達成感にしばらく酔っていた。死んだ魂を葬るというのに、オレにはその目出たいような達成感が、不思議と自然なことのように思われた。一気に大きな穴となったその穴に、クロの骨壺から目立つ骨を選んで取り出し、交代で穴の中に落としていく。細かい骨片になってしまうとオヤジが、「もうあとはいいだろう」といって、骨壺を逆さに向けた。石灰のようになった骨がサーッと穴の底辺に広がり、周囲はショコラにマブした粉糖のようであった。昔は土葬が当り前だった、とオヤジが話し出した。今みたいに骨壺に入れて安置するわけじゃなかった、というようなことを言っているのだ。そうかなるほど、と思うと不思議な感じがした。胸がジーンとしてくるものがあるのだ。骨の上に土をかぶせて戻す時も、その感動は強まるようだった。姉が「何か自然でいいね」と呟く。まったくその通りだな、思いながらオレの胸はいっぱいになった。
引き続きオヤジの指導のもと、クロの骨を埋めた場所を今度は反対に盛り上がらせる。周りの地面を少し掘って、その土を、クロの骨を埋めた地点に被せて少し盛り上がらせてやるのだ。さっきまでの、石をどける難儀が嘘のようにことはスムーズに運ぶ。適当に土が盛り上がると、そこにさっき河原で拾った石━━そう、別荘に来る途中、河原に立寄り、クロの墓用にと計画的にみつけてきた適当な墓石━━を置いた。それっぽくさせるためにオヤジがそれよりも随分小振りな石を2つ、墓石の両膝元に敷いた。添え石をすると、実際に、より墓っぽくなった。完成して、ひとしきり例えようのない達成感味わうと、オヤジから順番に墓の前で神式のお祈りをする。結局雨はまだ降らないでいてくれるようだ。
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