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家族旅行 その三

クロの墓作りが済むと、我々家族は使命から解放された。オレは箒をみつけてきてデッキに散り敷かれている落ち葉を掃き始めた。どうしてもそれがやりたかったというよりは、他にこれといってやることもないからだったのだが、オレは落ち葉を掃きながら、その掃き集められる落ち葉を見ながらぼんやり思うことがあった。それは、久々に焚き火をしたい、ということだった。

オレは昔から焚き火が好きだった。随分変わった好みだとは思うが、ガキの時分に定期的に連れて行かれた、母の実家、荻窪の祖母の家でオレは祖母が焚き火をする姿を見ながら、何故かその焚き火が面白いものだと思うようになっていた。荻窪の家は庭付きの一軒家で、環八からちょっと入った路地の角にあった。庭は3メートル×6メートルくらいはあったはずだから、立派な庭だった。祖母は秋になると落ち葉を掃いて溜めておいて、オレが喜ぶからといって、落ち葉のある時期に母が姉とオレを連れて荻窪にいくと、よく焚き火をやってくれたのだ。

焚き火の中にはたいてい銀紙に包まれたサツマ芋が埋まっていて、オレはそこで焼き芋の味を知った。食べ過ぎて、苦しくなるくらいまで食べるのが常だった。芋に適度な火が入って柔らかくなるには、それなりの落ち葉の山と枯れ木と、それらをじっくり燃やすだけの時間が必要だということも、何となくその時に覚えたのである。

また、焚き火で要領よく炎を持続させるには、燃えやすい枯れ葉や紙類だけではダメで、じっくり燃えるような枯れ木、枯れ枝の類が重要であること、それに酸素が供給されるだけの適度な隙間が、焚き火の山の中に設けられてなくてはならないことなどを覚えた。オレは祖母の落ち葉掃きを積極的に手伝って、庭中の枯れ枝の類を集めてきて、それらがじゅわ~と燃える様を祖母の隣で飽きずにずーっと見つめていた。枯葉や枯れ枝が燃える様を、ただ、ひたすら見つめていたのだ。まるで恍惚の眼で見守っていたのではなかろうか。火が弱くなれば、山を少しほじくって隙間を作って団扇で扇ぎ、そうしたことによってまた炎の勢いが安定するのを確かめて、それで言葉にならない満足感を覚えていたのだ。母は「ハルちゃんは焚き火がホントに好きねー」と変な眼で見るような感じで笑って言っていたのを覚えている。ハルちゃんというのはオレのことだ。

ところが、中学の頃だったか、荻窪の家でもう焚き火ができないことになった。区の条例で庭で焚き火をするのが禁止になったそうだ。オレはその不条理な制度に相当なショックを受けたはずだった。それでも小さな子供でないのだから、泣いて騒いだりすることもなく、残念でしかたがないが諦めて、ただ胸に焚き火に対する憧れだけを残しながら年をとった。

別荘のデッキを掃きながら、燃えやすそうな落ち葉の群れを眺めながら、己の過ぎし日の、あの焚き火欲がまたムクムクと心に顕われてくるのを隠すことができなくなった。焚き火が出来なくなったのは杉並区だけなのかどうなのか、そんなことは知ったことじゃないが、とにかく、こんな山の中で、焚き火をして怒られることもなかろう。そんな根拠のない判断をもってオレは唐突に、「焚き火するわ」とオヤジに伝えたのであった。それは、オレがオヤジを一家の長である「オヤジ」として、「もしかしたら禁止されているかもしれないところの焚き火」をオレがやることに関して、とりあえず断りを入れるべきだと判じたからに違いなかった。

「オレ、焚き火するわ」とオヤジに告げた時オヤジは、別荘の周囲の砂利道に処構わずニョキニョキと延びている雑草の類を庭バサミで豪快に切り倒して動きまわっていた。オレの発言に対してどんな反応を示したものか、あまりはっきり思い出せないのだが、「アブナいからやめとけ」とも「法律で禁止されているんだから」とも言われなかったので、オレは安心して遂に具体的行動に出た。

枯れ葉と枯れ枝を集めたけど、初夏なので、昔荻窪の庭でやってた時程の量の枯れ葉もなく、梅雨のせいで少し湿った葉がほとんどだったのとで、オレが作った焚き火用の小山は非常にささやかな規模だった。しかしとにかくオレは「焚き火」ができればいいので、この際規模や枯れ葉の量は関係ないのであった。

姉貴は久しぶりに訪れた別荘の変わり様を確かめたりして辺りをうろついている。以前はなかったブランコ━━実際の木に丈夫な鋼のロープでぶら下げられた、割合しっかりしたブランコが、いつの間にやら親戚の手によって別荘の敷地内に設えられてあった━━をこいで「ひょー」という喚声をあげたりして楽しそうだ。オレが焚き火を始めると、少し興味があるのか寄ってきてそこら辺の枝や枯れ葉を持ち寄ってくれた。

焚き火の出鼻で役立つ紙ゴミ類を燃やしてスタートさせたが、すぐに燃え尽きて足りなくなった。オヤジが「別荘で読もうと思って持ってきた」という新聞に眼をつけたオレは、オヤジに、ちょっとこの新聞、使わせてくれろと持ちかけたら、仕方がないな、という風にその場でパラパラと新聞を繰って、興味ない記事のページを焚き火用に供してくれた。その新聞の切れ端と、その後、どこからみつけたのかオヤジが持って現れた段ボールのおかげで、やっとオレの焚き火は軌道にのった。

オレは枯れ葉が、じゅわ~っと水分を蒸発させながらジワジワと燃えていく音や、松に似たボコボコのついた燃えやすそうな枯れ枝がパチパチと爆ぜていく音を聞いて久しく感じえなかった悦に入っていた。この心の安らぎはどうだろう、と自分ながらに驚いた。(やっぱり)と思った。(やっぱり、焚き火はオレを裏切らなかったな)と思った。燃やさないで済んだ新聞を団扇代わりにし、燃え辛くて湿った枯れ葉の山を少し持ち上げ、そこをひたすらに扇ぐと、弱まった火にまた活気が戻る。オレはそういう動作の繰り返しの内に焚き火に陶酔していた。辺りは段々と暗くなってきて、姉もオヤジももう別荘の中に入って落ち着いてる。夕闇に燻る焚き火を眺めながら、(焚き火が毎日できたら、オレはそれだけでシアワセかもしれない)、と我ながら愚かなことを思う。日常の仕事などのことを思い出し、あ~イヤだイヤだ、このままずっと炎を見つめられていたら。

バカなことを考えて焚き火に陶酔していたらすっかり暗くなってしまった。集めた枯れ葉もあらかた燃え尽きたので、オレは風前の灯火となりし焚き火の上に、周囲の湿った葉や、土や石を被せてしまって別荘に戻った。風呂を入れたのでオヤジが入れ、という。7時半に近所のレストランで夕飯の予約をしていて、その前に風呂でさっぱりしようという算段だ。オレやオヤジが先に入ると風呂が汚れるから、といって昔から姉はオレやオヤジより先に入ることを望んでいた。その習慣に任せて姉が先に、オレがその次に、という順に入った。しかし姉の風呂が意外に長かったので、オレが風呂から上がるともうレストランに向かわねばならぬ時間が迫ってしまった。オヤジは「後で入るよ」と諦め、オレ達家族はまた車に乗って近所のレストランに向かうのだった。
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