OTONOTANI紀行
早朝7時前、オレは向台町5丁目のバス停を目指しアンコールマンションを出発する。背にはもう10年以上使い続けている重たいテレキャスのギター、右手には赤い疑惑グッズやTシャツが入った段ボールとエフェクターケースと着替えとを結わえ付けた大きめのキャリアー。いつものツアーなら大体我家からオヤジの車に乗って出発するので、こんな煩わしい大荷物を携行して歩くことはほとんどないのだが。
残暑の蒸し暑い朝陽を受けながら這うような気持ちで脚を運ぶ。ユーナンの角の団地の前まで来たところで、昨晩寝る間を削って用意したCDバックを忘れて来たことに気付き狼狽する。団地の周囲に一列に並んだ一戸建てと、公道との、はた目にはどちらの領域かはっきりしないような砂利の一角に、重たいギターと重たいキャリアーを置き去りにし、走ってマンションまでCDバックを取りに戻る。普段走らない軟弱な肉体に負担がかかるのが分かる。若者よさよなら。
CDバックを掴んでさっきの場所に戻ると、一戸建ての住人のおばちゃんが箒とチリトリで朝の掃除をしている。ご苦労なことである。オレが何喰わぬ顔で置き去りにした重たい荷物を取りに行くと、おばちゃんが怪訝そうな目つきでオレを眺めた。
向台町5丁目から吉祥寺、吉祥寺から調布、という具合に、これも普段やらないバス移動を試みた。幸い車内がギュウギュウになるようなことはなかったので、オレの嵩張る荷物達が同乗者の迷惑を喚起するようなこともなかったので一安心。調布から京王線に乗り、目的地の府中へと向かう。到着すると丁度集合時刻の8時半になっている。携帯メールをチェックするとブレーキーから「寝坊で30分以上遅れてしまう」という旨のメッセージ。やれやれと思っているところへ、今回の岐阜ツアー便乗者のタバケンと合流。
タバケンは一週間前から消化器系をやられ体調不良だという。確かに顔色がよくない。(何でそんな状態であるのに無理して赤い疑惑ツアーに同行するのだろう)と単純な疑念を拭えないが、そんな状態でも無理して来る程赤い疑惑に何かを期待しているに違いない。野暮なことは突っ込まないことにして、一緒に待ち合わせ場所のけやき並木に出る。クラッチが近辺で調達してくるはずのレンタカーはまだ到着していないようだ。
ほどなくして今回のもう一人の同乗者、マギーが身軽な服装で登場。オレはドトールで(カワイイ店員の接客にドキドキしながら)ホットコーヒーをゲットし、3人で世間話をしながらレンタカー、またはブレーキーを待つ。けやき並木の反対側には三列縦隊の行列ができている。どうやらパチンコ屋のオープン待ちらしいが、それにしてももの凄い人数だ。パチンコ屋に並ぶ庶民の是非をマギーと論議していたら遂にブレーキーがやってきた。
「車は」
「まだ来てない」
「マジで、じゃあ全然遅刻じゃない」
レンタカーがまだ到着しないので、本来30分以上の遅刻であったブレーキーは、現実的には遅刻じゃなくなったのだが、何だか小憎たらしい発言だ。タバケンとマギーはブレーキーの憎めない無礼節に感心して笑ったりしている。
今回の撮影班であるツダ監督とクラッチがレンタカーでようやく到着した。やってきた車はヤンキー趣味な嫌らしい青色をしたワゴンだった。車内のちょっとしたディティールにもセンスのなさを感じるがツアー車だからそんなことは関係ないのだ。荷物を積み込んでいよいよ出発。今日の目的地は岐阜の山中、揖斐高原で行われている音の谷フェスティバルである。
休日の高速料金の変動で渋滞に見舞われることがしばしばだったので、今回も覚悟はしていたけど、三連休の初日ということもあり早速渋滞につかまった。出発してしばらく経ってもブレーキーの地元である八王子にすら辿り着かない。地方遠征をするバンドマンにとって休日高速料金の値下げは非常に有難い政治であったが、毎回こんな渋滞を我慢しなきゃいけないのはデカい代償だ。
なかなか進まぬ車の中で、今朝わざわざ取りに帰ったCDバックから選曲して音楽を流していると、最後列のブレーキーから「ちょっと音下げてもらえる」と苦情が入る。どうやら最後列のスピーカーからの音量がデカいらしく、落ち着かないらしい。最前列は車のエンジン音でほとんどかき消されてしまうので、搭載のオーディオをいろいろいじってみるが、音量を車内の前と後ろでうまく調整する機能がついていないようで、諦めて全体の音量をしぼる。するとやっぱり前列じゃほとんど聞こえない。昨晩寝る間を削って用意し、今朝走って取りに戻ったCDバックはもう役立たずとなったことを実感する。渋滞はまだまだ解消されそうにない。
体調不良のタバケンの容態は遅々として進まぬ移動中に悪化し、最終的には最後列に横になった。病人のこともありトイレ休憩を頻繁に重ねた。スムーズにいけば6時間ほどで到着するはずだった行程は結局3~4時間オーバーし、会場最寄りの大垣インターに辿り着いたのはもう夕刻6時を回っていた。本日宿泊予定のバンガローでのバーベキューを期待していた我々一行は大垣の地元のバカデカい複合型ショッピングセンターに寄り道し、食材と酒を買い込み、市街から外れ真っ直ぐに山へと延びる田舎道を走らせ、遂には山道を蛇行して山を登った。これから迎える赤い疑惑の大舞台を想像してオレは心臓が高鳴るのを感じた。同乗者の心臓も高鳴っているに違いない。オレは勝手に想像して窓の外の暗い景色を眺めていた。
会場である揖斐高原スキー場に到着すると既に夜の7時半。「遅れてしまって申し訳ありません」「いえいえ、本番に間に合ってくれればそれで問題ないですから」という主催者との挨拶を済ませ、スタッフに案内されて宿泊兼楽屋となるバンガローまで車で入場。メインステージのすぐ裏側の一角で、ステージまで十数メートルの恰好のロケーションだ。改めてメインステージのトリを務めることになった我々赤い疑惑への主催側の心遣いに感動する。
早速リハーサルだというのですぐに準備に入る。大きなステージからの眺めは、緩やかに傾斜して登って行くスキーゲレンデの芝と緑を正面にその周りを雄大な自然の景色が覆っている。こんな場所でライブができる、しかも本日のメインアクトで、という光栄を再度味わいながらサウンドチェックを開始。ブレーキーのドラム、クラッチのベース、オレのギターが夜の山間に木霊する。規模の大きいイベントだけにとにかく爆音。東京のボンボンを演奏し始めたら、セカンドステージへと散っていたお客さんのうちの数人の若者がメインステージまで走って来て、オレ達の演奏に興奮して暴れ始める。「ぎゃー」とか「マジでヤバい」とかそういうことを叫びながら暴れているので、こっちも笑いをこらえなければならなかった。リハが終わって暴れていた若者と話すと、「オレたち去年ここで赤い疑惑見て感動して」とか「ホント楽しみにしてますから」とか口々にしていた。
振り返れば昨年。初めて出たこの音の谷フェスティバルで、オレ達はセカンドステージではあったがトリを務めさせてもらった。初めて赤い疑惑を見るお客さんがほとんどだったのにも関わらず、当夜のライブは赤い疑惑史上ほとんど例を見ないような熱狂的な盛り上がりで歓迎された。前から知り合いだったのうしんとうのメンバーがオレ達のライブ中に興奮して誰もいないアスファルトの地面にダイブしたり、モッシュの渦ができるなど、まったくクレイジーな盛り上がりだった。
一年後、昨年の盛り上がりを見込んで、主催者側から再度セカンドステージのトリを要請され快諾したのだったが、イベント開催から一ヶ月を切った頃に、主催者側から慌てた調子で「やっぱりメインステージのトリをお願いできませんか」という旨が届いた。どういう事情か臆するのも無粋なので二つ返事でオーケーし、それで今回の大舞台が決まったのであった。
楽屋であるバンガローで着替えを済ませた。不調のタバケンは布団で横になったまんまだ。「もう始まるの?」弱々しい口調のタバケン。「うん、もうすぐ始まる」はちまきを締めながらオレは答えた。会場入り前の緊張も、山のエネルギーを貰ったためかいつの間にか解けてオレは妙にリラックスした気分だった。着替えを済ませたメンバーと拳を合わせ、ライブの成功を祈った。
お囃子をしながらステージ前の芝に繰り出すと、あまりにもオープンなオーディエンスが既にハイテンションでオレ達を囲んだ。フリーターブリーダーをラップするとみんなの表情がさらに緩む。オレ達は助走をつけて高いステージに這い上がり、ドゥーワッ、ドゥワッ、ドゥワッ、ドゥーワアカイギワク、唄い続けながらギターを握る。オレの頭に、中学生の時に初体験して衝撃を受けたジュンスカイウォーカーズの姿がよぎった。あの時からオレはロックンローラーとして大きな舞台に立つことを夢見て生きてきた。どうやら、オレは今、そういう場所に遂に立っているのであった。オレ達の素人臭いお囃子に火をつけられたらしいオーディエンスの表情はひとつひとつ違えど、例えようのないパワーをオレ達に注いでくれている。さあ、後はやるだけだ。オレ達が毎週一回、西荻のスタジオの狭い一室で温め、無償の愛情を注いできたとびきりオリジナルなロックンロールをぶちかませばいいだけなのだ。オレはディストーションを踏んでDのコードを鳴らす。瞬間に会場がどよめいた気がした。そこから60分間のことをオレは表現することができない。
盛大な拍手を受けてアンコールで一曲。3人で大仰にステージで挨拶を済ませ一段落するとマギーがやってきて「いやー、最高でしたよ」。マギーがライブの素晴らしかったことを矢継ぎ早にあれやこれやと評じてくれていると、マヘルシャラルハシュバズに参加したというメンバーがやってきて「ライブよかったですよー」と輪に加わる。さらに見覚えのある女子がやってくる。話しているウチに彼女のことを段々と思い出したが、彼女はオレとクラッチが学生の頃やっていた「ガッツポウズ」という情けないパンクバンドをやっていた時からオレ達のことを知っている子だった。それで関係性を掴んだマギーが「それで久しぶりの赤い疑惑はどうでした」と彼女に聞くと「いやあ、立派になられて…」と小さな声で呟いた。
残暑の蒸し暑い朝陽を受けながら這うような気持ちで脚を運ぶ。ユーナンの角の団地の前まで来たところで、昨晩寝る間を削って用意したCDバックを忘れて来たことに気付き狼狽する。団地の周囲に一列に並んだ一戸建てと、公道との、はた目にはどちらの領域かはっきりしないような砂利の一角に、重たいギターと重たいキャリアーを置き去りにし、走ってマンションまでCDバックを取りに戻る。普段走らない軟弱な肉体に負担がかかるのが分かる。若者よさよなら。
CDバックを掴んでさっきの場所に戻ると、一戸建ての住人のおばちゃんが箒とチリトリで朝の掃除をしている。ご苦労なことである。オレが何喰わぬ顔で置き去りにした重たい荷物を取りに行くと、おばちゃんが怪訝そうな目つきでオレを眺めた。
向台町5丁目から吉祥寺、吉祥寺から調布、という具合に、これも普段やらないバス移動を試みた。幸い車内がギュウギュウになるようなことはなかったので、オレの嵩張る荷物達が同乗者の迷惑を喚起するようなこともなかったので一安心。調布から京王線に乗り、目的地の府中へと向かう。到着すると丁度集合時刻の8時半になっている。携帯メールをチェックするとブレーキーから「寝坊で30分以上遅れてしまう」という旨のメッセージ。やれやれと思っているところへ、今回の岐阜ツアー便乗者のタバケンと合流。
タバケンは一週間前から消化器系をやられ体調不良だという。確かに顔色がよくない。(何でそんな状態であるのに無理して赤い疑惑ツアーに同行するのだろう)と単純な疑念を拭えないが、そんな状態でも無理して来る程赤い疑惑に何かを期待しているに違いない。野暮なことは突っ込まないことにして、一緒に待ち合わせ場所のけやき並木に出る。クラッチが近辺で調達してくるはずのレンタカーはまだ到着していないようだ。
ほどなくして今回のもう一人の同乗者、マギーが身軽な服装で登場。オレはドトールで(カワイイ店員の接客にドキドキしながら)ホットコーヒーをゲットし、3人で世間話をしながらレンタカー、またはブレーキーを待つ。けやき並木の反対側には三列縦隊の行列ができている。どうやらパチンコ屋のオープン待ちらしいが、それにしてももの凄い人数だ。パチンコ屋に並ぶ庶民の是非をマギーと論議していたら遂にブレーキーがやってきた。
「車は」
「まだ来てない」
「マジで、じゃあ全然遅刻じゃない」
レンタカーがまだ到着しないので、本来30分以上の遅刻であったブレーキーは、現実的には遅刻じゃなくなったのだが、何だか小憎たらしい発言だ。タバケンとマギーはブレーキーの憎めない無礼節に感心して笑ったりしている。
今回の撮影班であるツダ監督とクラッチがレンタカーでようやく到着した。やってきた車はヤンキー趣味な嫌らしい青色をしたワゴンだった。車内のちょっとしたディティールにもセンスのなさを感じるがツアー車だからそんなことは関係ないのだ。荷物を積み込んでいよいよ出発。今日の目的地は岐阜の山中、揖斐高原で行われている音の谷フェスティバルである。
休日の高速料金の変動で渋滞に見舞われることがしばしばだったので、今回も覚悟はしていたけど、三連休の初日ということもあり早速渋滞につかまった。出発してしばらく経ってもブレーキーの地元である八王子にすら辿り着かない。地方遠征をするバンドマンにとって休日高速料金の値下げは非常に有難い政治であったが、毎回こんな渋滞を我慢しなきゃいけないのはデカい代償だ。
なかなか進まぬ車の中で、今朝わざわざ取りに帰ったCDバックから選曲して音楽を流していると、最後列のブレーキーから「ちょっと音下げてもらえる」と苦情が入る。どうやら最後列のスピーカーからの音量がデカいらしく、落ち着かないらしい。最前列は車のエンジン音でほとんどかき消されてしまうので、搭載のオーディオをいろいろいじってみるが、音量を車内の前と後ろでうまく調整する機能がついていないようで、諦めて全体の音量をしぼる。するとやっぱり前列じゃほとんど聞こえない。昨晩寝る間を削って用意し、今朝走って取りに戻ったCDバックはもう役立たずとなったことを実感する。渋滞はまだまだ解消されそうにない。
体調不良のタバケンの容態は遅々として進まぬ移動中に悪化し、最終的には最後列に横になった。病人のこともありトイレ休憩を頻繁に重ねた。スムーズにいけば6時間ほどで到着するはずだった行程は結局3~4時間オーバーし、会場最寄りの大垣インターに辿り着いたのはもう夕刻6時を回っていた。本日宿泊予定のバンガローでのバーベキューを期待していた我々一行は大垣の地元のバカデカい複合型ショッピングセンターに寄り道し、食材と酒を買い込み、市街から外れ真っ直ぐに山へと延びる田舎道を走らせ、遂には山道を蛇行して山を登った。これから迎える赤い疑惑の大舞台を想像してオレは心臓が高鳴るのを感じた。同乗者の心臓も高鳴っているに違いない。オレは勝手に想像して窓の外の暗い景色を眺めていた。
会場である揖斐高原スキー場に到着すると既に夜の7時半。「遅れてしまって申し訳ありません」「いえいえ、本番に間に合ってくれればそれで問題ないですから」という主催者との挨拶を済ませ、スタッフに案内されて宿泊兼楽屋となるバンガローまで車で入場。メインステージのすぐ裏側の一角で、ステージまで十数メートルの恰好のロケーションだ。改めてメインステージのトリを務めることになった我々赤い疑惑への主催側の心遣いに感動する。
早速リハーサルだというのですぐに準備に入る。大きなステージからの眺めは、緩やかに傾斜して登って行くスキーゲレンデの芝と緑を正面にその周りを雄大な自然の景色が覆っている。こんな場所でライブができる、しかも本日のメインアクトで、という光栄を再度味わいながらサウンドチェックを開始。ブレーキーのドラム、クラッチのベース、オレのギターが夜の山間に木霊する。規模の大きいイベントだけにとにかく爆音。東京のボンボンを演奏し始めたら、セカンドステージへと散っていたお客さんのうちの数人の若者がメインステージまで走って来て、オレ達の演奏に興奮して暴れ始める。「ぎゃー」とか「マジでヤバい」とかそういうことを叫びながら暴れているので、こっちも笑いをこらえなければならなかった。リハが終わって暴れていた若者と話すと、「オレたち去年ここで赤い疑惑見て感動して」とか「ホント楽しみにしてますから」とか口々にしていた。
振り返れば昨年。初めて出たこの音の谷フェスティバルで、オレ達はセカンドステージではあったがトリを務めさせてもらった。初めて赤い疑惑を見るお客さんがほとんどだったのにも関わらず、当夜のライブは赤い疑惑史上ほとんど例を見ないような熱狂的な盛り上がりで歓迎された。前から知り合いだったのうしんとうのメンバーがオレ達のライブ中に興奮して誰もいないアスファルトの地面にダイブしたり、モッシュの渦ができるなど、まったくクレイジーな盛り上がりだった。
一年後、昨年の盛り上がりを見込んで、主催者側から再度セカンドステージのトリを要請され快諾したのだったが、イベント開催から一ヶ月を切った頃に、主催者側から慌てた調子で「やっぱりメインステージのトリをお願いできませんか」という旨が届いた。どういう事情か臆するのも無粋なので二つ返事でオーケーし、それで今回の大舞台が決まったのであった。
楽屋であるバンガローで着替えを済ませた。不調のタバケンは布団で横になったまんまだ。「もう始まるの?」弱々しい口調のタバケン。「うん、もうすぐ始まる」はちまきを締めながらオレは答えた。会場入り前の緊張も、山のエネルギーを貰ったためかいつの間にか解けてオレは妙にリラックスした気分だった。着替えを済ませたメンバーと拳を合わせ、ライブの成功を祈った。
お囃子をしながらステージ前の芝に繰り出すと、あまりにもオープンなオーディエンスが既にハイテンションでオレ達を囲んだ。フリーターブリーダーをラップするとみんなの表情がさらに緩む。オレ達は助走をつけて高いステージに這い上がり、ドゥーワッ、ドゥワッ、ドゥワッ、ドゥーワアカイギワク、唄い続けながらギターを握る。オレの頭に、中学生の時に初体験して衝撃を受けたジュンスカイウォーカーズの姿がよぎった。あの時からオレはロックンローラーとして大きな舞台に立つことを夢見て生きてきた。どうやら、オレは今、そういう場所に遂に立っているのであった。オレ達の素人臭いお囃子に火をつけられたらしいオーディエンスの表情はひとつひとつ違えど、例えようのないパワーをオレ達に注いでくれている。さあ、後はやるだけだ。オレ達が毎週一回、西荻のスタジオの狭い一室で温め、無償の愛情を注いできたとびきりオリジナルなロックンロールをぶちかませばいいだけなのだ。オレはディストーションを踏んでDのコードを鳴らす。瞬間に会場がどよめいた気がした。そこから60分間のことをオレは表現することができない。
盛大な拍手を受けてアンコールで一曲。3人で大仰にステージで挨拶を済ませ一段落するとマギーがやってきて「いやー、最高でしたよ」。マギーがライブの素晴らしかったことを矢継ぎ早にあれやこれやと評じてくれていると、マヘルシャラルハシュバズに参加したというメンバーがやってきて「ライブよかったですよー」と輪に加わる。さらに見覚えのある女子がやってくる。話しているウチに彼女のことを段々と思い出したが、彼女はオレとクラッチが学生の頃やっていた「ガッツポウズ」という情けないパンクバンドをやっていた時からオレ達のことを知っている子だった。それで関係性を掴んだマギーが「それで久しぶりの赤い疑惑はどうでした」と彼女に聞くと「いやあ、立派になられて…」と小さな声で呟いた。
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