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11月28日

 インターホンが鳴っている。2回目に鳴って我に気付いて、ベッドを這い出し、自分の部屋のすぐ隣にある玄関戸を開ける。目ヤニもついたまま、パジャマのまま出る。相手は分かっている。
 扉を開けるとクロネコのおじさんが袋を抱えて立っている。「幾らですか?」「9300円になります」オレはすかさず疑惑の財布を取りに行って代金を支払う。今度のイベントのフライヤーが届いたのだ。眼はまだちゃんと開かない。荷物を受け取るとすぐまたベッドに潜り込んだ。昨日は夜更かしをしたのだ。
 次に気付くとすでに11時半になっている。こんなに寝るつもりじゃなかったのにな、あの時荷物を受け取ったまま起きていればオレは休日を2時間多く過ごせたのに、と少々後悔しつつも、結局たっぷり寝られたことへの充足感を優先させて朝メシを食うことにする。オヤジが朝オレの分まで焼いておいてくれたらしい鮭と、オヤジが用意したサラダを食べた。オヤジに感謝しつつも、サラダに入っているブロッコリーの切り方が尋常でなくデカいので焦る。
 コーヒーをいれて食後をチルしながらテーブルの上の新聞を読む。補正予算案がどうこうとある。どういうことなのか読んでみるが補正予算が何を指してるのかほとんど分からない。政党同士の喧嘩の種のようなモノだろうか。
 コーヒーを飲み終わると立ち上がり、オレは掃除機をかける。クローゼットの中に隠された我家の掃除機を取り出し、トイレの方から初めてオヤジの寝室、廊下、オレの部屋、廊下、台所、居間、和室、オヤジとオレの共同事務所(オレとオヤジがパソコンを触る部屋)、という順番で巡業する。物を退かして丁寧にかける時もあれば適当にかける時もある。誰かに文句を言われることもないので、この辺はオレのさじ加減だ。
 掃除機を片付け、今度はトイレ掃除をする。トイレは定期的に洗わないと汚くなる。当り前である。オレは実家に住まわせてもらう代わりにトイレくらい洗わせてもらう。クイックルワイパーも使う。

 「今日は小金井公園でフリマやってたぞ」
とオヤジが耳寄りな情報を教えてくれたので、早速行ってみる。この辺りの憩いの場としては絶大な存在感をほこる小金井公園には休日になると沢山の人間が集まる。ファミリーでやってくるもの、近所の仲間同士で集まってくるガキども、少し離れたところから車でやってくるような人達もいる。
 休日の小金井公園の盛況な様子を久しぶりに体感していい気分だった。オレの少年時代の遊び場でもあるから、この年になるとプラスアルファの趣があるのだ。昔みんなで滑ったソリゲレンデや、アスレチックを久しぶりに見て安心するのだった。
 アスレチックを通り過ぎた歩道沿いにフリーマーケットをみつけた。自転車を止めてブラブラしてみる。しかし、「15時撤収です」という主催のアナウンスが入り、どの店も今にも片付けの準備に入ろうかという雰囲気である。急いで売れ残りの商品を見て回っていると、自分好みの服が並ぶ店があった。
 気になるジャケットが2つみつかった。どちらも同じような生地と色なので、どっちかを買えばよさそうなものだが、安いし両方買ってもいいような気もする。(両方買ったら、と持ちかけて値切るという方法もあるよな)と企んでいると、「両方買ってくれたらまけますよ」と店主の兄ちゃんが阿吽の呼吸でアピールしてくる。オレが頭の中で、(両方とも2900円だから合計5800円。まけるといっても5000円が限界かな、でも思い切って4500円くらいにならないかな)と考えているとまた、「2着で4500円でどうですか?」と言ってくれる。う~ん、今日は何だか調子がいいぞ、とオレはまんまと4500円を出してジャケットを2着も買ってしまった。実はこの後都心に出るのに荷物がかさばることになる。困った。
 その後、100円で売ってた無地の何でもない傘を購入。家にはビニール傘ばっかりなので何でもない無地の傘が何となくほしかったからだ。だがまた荷物が増えてしまった。天気のいい日に傘を持って出かけるほどアホ臭いこともないじゃないか。
 ジャケット2着を長年愛用してるリュック押し込むとリュックがパンパンになった。ミリタリー風のリュックなのでパンパンになると行軍のようで恥ずかしいが、こうなったら致し方あるまい。ジャケットも傘もあんな値段で買えることないんだから。しかし傘はやっぱり邪魔だな。

 都心に行くのはクラッチの嫁さん、タッチーの絵を観に行く為と、今朝届いたフライヤーを撒く為という目的があるのだ。クラッチの嫁さんは美大を出て絵を描き続けている人で、今回はとある賞に入選したということでその展示会が代官山であるのだった。
 井の頭線で渋谷に出て馴染みのライブハウスに顔を出し、フライヤーを置いてもらい、そこからてくてくと代官山まで歩いた。この辺に来ると高校や大学の時に洋服を買いに代官山までしょっちゅう出向いていたことを懐かしく思い出す。今でこそ怪しい風貌のオレやクラッチも洋服やファッションに熱を上げていた時期があるのだ。当時のオレ達にとって、代官山は渋谷や原宿や下北沢にはない落ち着きを感じさせる魅力的な場所だったのだ。
 久しぶりに歩く代官山は当時あった団地がなくなったり随分様変わりした感じはあるが、落ち着いた人や雰囲気は当時とそんな変わらないように思えた。昔からある瀟酒なパン屋に入ってカレーパンと栗とイチジクのパンを買った。路上で歩きながら食った。かと思うと植え込みの淵に腰掛けて食べてみたりした。代官山のパンはさすが旨いな、と感心しながら噛み砕いた。
 また歩き出すとアーペーセー、オクラ、ハイスタンダード、ハリラン、昔からある店が健在である。路地の角にあるハイスタンダードの入口に人が並んでいる。これは入場制限じゃないか。並んでる数こそすくないけど、いまだに洋服に対してこんな風にカラダ張る若者が変わらずいることにオレは驚いた。不景気といえども金持った若者はいるんだな。やになっちゃう。オレは高い服にはもう興味はないんだな。フリマで十分だもの。
 そんなことを考えていたら展示会場に着いた。今回の賞に入選した37人の絵が並んでいる。一個一個観ていくが面白いと思えるものが少ない。オレはタッチーの絵がまだかまだか、と親類のような気持ちで見て回った。しかし全然タッチーの絵がみつからない。見過ごすことがあるだろうか、はて、と思っていたら一番最後にあった。一番最後にあるのはそれなりの理由があるのだろうか、と思いながらタッチーの絵をじっと眺めた。ノスタルジックな緑色の綺麗な絵だ。オレはなかなかいいぞ、と思いながら目的を達成した気になって会場を後にした。
 これから渋谷に戻って、下北に寄って帰ろう。ズートとディスクショップゼロにフライヤーを置いてもらって帰ろう。そう覚悟を決めると、不思議なことに目の前にバス停があって、渋谷行きのバスが正にやってくるのだった。今日は何だか調子のいい日だなと思いながらパンパンのリュックと傘を気にしながら、オレは最近急増したタイプの、短い一定の区間を走るような、乗車料金も比較的割安なミニバスタイプのその乗り物にのっかった。
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山が好きで

山が好きである。海と山だったらどっちが好きか、なんてつまらん性格判断みたいなものがあるけども、聞かれたらオレは断然山。断然やま。かといって海が嫌いな訳じゃないんだよ。
海が嫌いな訳じゃないんだが、小さい頃から海に入ると腹が冷えてしまって度々具合を悪くする。そういう経験も関係あるかもしれない。それに数年前から山の緑色に魅せられてしまったせいもあるかもしれない。
バンドのツアーやなんかで高速に乗る。家族旅行で地方に行く。東名、中央、関越、何でもよいけど、都心を離れると視界が拓ける。じきに山が見えてくる。山の緑が視界を、遂には覆うようになる。
ただそれだけのことだけど、数年前からその車窓から眺める山の緑に、えも言われぬ癒しを覚えるようになっている自分に気付いた。気がついてみると、やっぱり毎回その山の緑の、不規則なグラデーションや、規則的なグラデーションやに、心を鎮めてくれるような、かと思うとぐーっと心の熱量が高まるような不思議な気持ちにさせられている自分がいるのだ。
オレは山が好きなんだ、と思うようになった。前付き合ってた子が「住むならアタシは海の近く」と言い張っていて、オレはそこに関してはほとんど十割妥協を許さなかった。「いや、オレは山の方がいいよ」そんな平行線の問答を繰り返していた。オレとその子は何しろいずれ結婚するつもりだったから、そんな獲らぬタヌキの問答を繰り返していたんだと思う。
「住むならアタシは海の近く」という彼女に反対している内にオレは余計に海が疎ましくなったのかもしれず、余計に山を好いたのでもあるかもしれない。とにかくオレは山に魅力を感じ出したのだ。そんな、「自然を愛する」みたいな俗世離れした感覚を自分が覚えるようになったのは意外な気もしたが、意外だろうがオレは現に山に魅せられているらしい。
そんなことを思うようになってから、たまに登山に行くようになった。初めは高尾山に登った。登山客が予想以上に多くて、頂上までもたいした距離でもない。とはいえちゃんと急な勾配もあるから、「登山をした」という気にさせてくれる便利な山なのかもしれない。
高尾山の頂上に登るとオレは、(いい年になって一人で高尾山に登山に来るなんて、パッとしないよな)と感じるのであった。そんな自分が何だか寂しいようにも感じられたが、久しぶりの(遠足の時以来の)登山はやっぱりよかった。
最高だった、というと語弊があるくらい、登山の魅力はきっと地味なものだ。楽しくて笑ったり、悲しくて泣いたり、というような具体的な魅力とは懸け離れている。きっと山を、何となく歩いているだけでいい。足腰は草臥れるし、息は上がるし、表面的には面倒なことのようにみえる。だけど、実際山を歩くと、いろいろなことを感じたりするもので、その時々の心の様子が安定している。自然の力が働いているに違いない。
高尾山に登って味を知ったオレは、季節に一度くらい登山に行った。電車で行けるようなところばかりで、ディープな登山に行く訳ではない。せいぜい2時間で登れるような山。トレッキングシューズはまだ持たない。

「住むなら海の近く」の彼女と別れることになってしまった。オレは数年ぶりのシングル復帰を遂げた訳だが、やっぱり彼女は欲しいじゃないか。でも新しい彼女を作る自信は全然ない。ないけどもやっぱり女の子とデートしたい。
ところが、女の子とデートなんて、よく考えたら面倒くさい。相手の具合を知りもしないで映画とか誘うのもな。遊園地なんてあり得ないし、動物園もいやだなあ。あれ、でも登山だったらいいかもな。
そうしてオレは女の子を誘って山に行った。実際に思ったことを行動に移しちゃうのが人間なんだな。山デートはなかなかよいものだった。相手の子も、やっぱり相当久しぶりの登山だったらしく、デートの別れ際に「玄ちゃん、また登山行こう」と言った。オレは「うん、また行こうね」と落ち着いて言ったつもりだが、ハートはドクドクとなった。やっぱり山デートは成功だった。よかったよかった、と思ってその後彼女にアタックしたら、かわされてしまった。ハナシが違うじゃないか。
「お友達のままでいようよ」というのである。オレは、「お友達のまま」という対象にされたことにショックを受けながらも「そうだね、そうしましょ」と言ってやった。実はアタックして「ちょっと考えさせて」と執行猶予をもらってから、オレの気持ちは何故か急激に冷めていってしまって、「お友達のままでいようよ」と言われた時は、正直ホッとしたのであった。随分勝手なハナシなのだ。
「お友達のままでいようよ」といった彼女と、オレは改めてお友達になったからなのか、オレはその子に誘われるまま、お友達のまま、その後2回登山にいった。でもお友達のままでいるには気合いが要るな、と感じたオレは特にこっちからは何のアクションも起こさなかった。3回目のお誘いはこないのでもう向こうでもこっちの気を悟ったのかもしれない。

3年前の年始、オレは青梅の御岳山という山に登った。登ったといっても途中までケーブルカーで上がれるようになっている。ケーブルカーを降りたところから頂上までは一時間もかからないくらいなので、これも簡単な登山だ。
年始に登ったのはご来光を見るためだった。「初日の出」という言葉は馴染みがあるけど、ほとんどそれを観た記憶はない。「今年の年越しは特別なモノにしたくないすか、玄さん」と、当時近所に住んでた絵描きのミノケンがオレを初日の出に誘った(ふざけて改まった風にミノケンは時々オレのことを「玄さん」と呼んだ)。
ミノケンは、青春をもう一度、的なテンションでみんなで日の出を見に行こうと言うのであった。バカらしいそんな発言に、オレが酔っぱらっていて調子を合わせたのが始まりだったような気がする。ミノケンに調子を合わせた訳だけれど、山が呼んでいるように感じられなくもなかった。オレは「初日の出のスポット」をインターネットで探して御岳山に目星をつけた。実家から車で1時間ちょいで行ける。

初めて意識的に経験した初日の出は感動的だった。ミノケンの熱い想いに応えてあまりある感動があった。山頂の御岳神社の境内から、参拝をしに集まってきた人々が固まって、一つ方向をじっと見ている様子はそれだけでも感動的だ。大晦日の寒さに手足の末端がかじかんで痛い。顔も寒い。できれば早く温かいところに避難したい。
ジワジワと頭の天辺を出し、またジワジワと登ってくる太陽は、一筋の強烈な光を、局地的な熱を伴いながら、そんな風にかじかんだ身体に優しく照らし始める。何だか生きていることが一入感動的なことに思われてくる。足のつま先はそれでも痛いのだが。
初の初日の出に、またぞろ味をしめたオレは翌年、新たにコヤマを誘ってまた年始に御岳山でご来光を眺めた。コヤマとは知り合って間もない頃だったが、オレは彼といろいろ共有できる気がしていた。
そして去年はコヤマと、また他に別の友人2人を従えて御岳山の初日の出を体験した。ミノケンは修行の身で来なかった(以降あまり会っていない)。去年の初日の出は御岳神社から2キロほど離れた長尾平という見晴らしのいい場所で見た。神社は人が多過ぎたので、別のスポットはないものかと、日の出直前に4人でウロウロしてる内に見つけた場所だった。これがまた素晴らしいスポットで、人も疎らで窮屈じゃない上に、展望スポットだけあって絶好の眺めであった。しかも白装束の山伏のようなのが3人いて、ほら貝と太鼓で純日本式な幻惑的な音を響かせていた。それはゆっくりと登ってくる太陽をより荘厳に映してくれるようだった。

先日、コヤマと会った時、「玄ちゃん、今年の年末もよろしくお願いします!」と彼流の迷いのないストレートな物言いで、コヤマはオレにそう言うのだった。今年はどうなるかな、やっぱりコヤマと御岳山かな、と思っていた時だった。今年の年末はどっか旅行にでも行こうかな、今の仕事じゃ旅行行くタイミングなんて年末くらいしかないもんな、となんとなく思ったりもしていたけど、コヤマに「今年の年末も」と言われてからは、もはや御岳山で今年も新年を迎える自分を想像し始めているのだった。
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