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アクセルの意気地記 第10話 羽根木公園で

羽根木公園に着くと、我々は荷物をどかっとおろし、出店の準備にとりかかった。出店用タープを張るのに私はこと子をおんぶ紐で背負う必要があった。天気は悪くないが曇りがちで空気がよく冷えていた。ピーさんが持ってきてくれたカイロを背中に貼った。

今日は子ども向けのイベントで、私は共同運営に関わっている気流舎のブースのお手伝いと、便乗して鹿肉料理を販売するピーさんのお手伝い、つまり子守に徹するべくやってきたのだ。

タープを張り終えるとモモさんやピーさんが店のレイアウトを始める。私は手持ち無沙汰になったのでこと子を抱えて会場をウロついた。準備をしている各店舗やブースを眺めて気になると声をかけたりして歩いた。子どもを連れているとこういう時の他人との接触がしやすくなっていることに気づく。

イベント開始時刻を過ぎても人は疎らで、このままでは気流舎の売り上げもピーの鹿肉の売り上げも大丈夫だろうか、と心配がよぎった。風は相変わらず冷たい。

私は気流舎のブースに戻ったり、会場をウロついたりを繰り返した。こと子を地面に下ろすと楽しそうにてくてく歩き出して、油断すると会場を飛び出して公園内のあらゆる方角へと勝手に進んでいってしまう。私は抱えたり、下ろしたり追いかけたりを繰り返す。

午前中、ひとつところに開かれたDJブースからアフリカ系の音が流れ始めたので私は自然とそちらに引っ張られていった。私はアフリカ音楽の虜なのだ。こと子を抱えたままブースの前で身体を揺らしていたら主催側のおねえさんがブースの前に出てきて何かMCを始めたので、私はそそくさとブースから離れた。するとすぐ隣で、枯れ枝で色えんぴつを作ろうショップがテントを張っていた。

子を持つ前までの私であったら素通りしている雰囲気だったが、私の腕の中にいる生き物の存在が私の足を引き止めた。向こうのブースでカレーを売ってるピーさんも、子守のオレにはこと子が喜ぶような行動をとってほしいと期待しているはずである。

枯れ枝えんぴつ屋さんはNHKの図工番組なんかに出てきそうな、ツナギを着たいかにもなお兄さんだった。子どもがナイフを使える年齢ならば子どもが創作を楽しむところだが、こと子は道具を使う能力がないので、材料を渡され枯れ枝を削り始めるのは私である。ここへきて、私はこと子のプレジャーに漬け込んで自分が鉛筆を削りたかったことに気づいた。

こと子を膝に乗せて肥後守というナイフで削り始める。こと子は最初のうちは興味深げに見ていたがすぐに飽きた様子で私の懐から抜け出そうとバタバタし始めた。私が選んだ桜の木は固く、私の作業は困難を極めたので、こと子をリリースしてみた。はじめのうちは私の周りをウロウロしていて、私は枯れ枝とこと子の姿を交互に注視しながら作業を進めた。

気を利かせたお兄さんが、そばにいた小学生くらいの娘にこと子を見守るように言いつけてくれて、しばらく私は真剣に枯れ枝削りに従事することができた。後でピーさんに報告した時に感心してもらえるように細部まで丁寧に仕上げようと私は必死になった。

その内、お兄さんの娘さんはこと子の子守に飽きたのか、ちょっと遊びに行ってくる、と言ってどっかに消えてしまったので、私はまたこと子の存在を気にかけながらソワソワと作業を続ける羽目になった。こと子はもはや靴も履かずにそこらへんの芝生を徘徊し始めている。目の届く範囲ならまあいいや、と私は作業を続けた。

すると後続のお母さんがやってきて、2人の息子たちが鉛筆作りを始めた。ほうほう、2人とも小さいのにナイフが使えるのか、と感心しつつ、気をつけて使うんだよ、などと、余裕のアドバイスなどしていたが、2人の息子たちは私より先に鉛筆作りを終えてしまった。帰ろうとしたお母さんが、何やら探してウロウロするのと、こと子の姿が見えないことに同時に気づいた私は焦って手を止めた。

どうやら2人の息子さんのうち1人の子の靴を探してるようだ。私は作業を中断して立ち上がり、テントの上り口で外を見回すとすぐにこと子の姿を見つけた。隣のブースのガチャガチャの前で他の子に紛れて立っている。コッピ!と声をかけると、笑ってこちらに戻ってきた。

戻ってきたこと子の足にはブカブカの見慣れないスニーカーが左右逆にくっついていて、私は狼狽して靴を探しているお母さんにお詫びした。お母さんは笑って許してくれ、靴を取られた息子は苦笑していた。

昼近くなると、一般のお客さんが急激にワラワラと増え始めた。カレー販売のピーが心配になり気流舎ブースに戻るとピーとモモさんがてんてこまいになって接客していて、ピーのフード販売のサポート役だったモモさんは鹿肉のソーセージを焼くフライパンから立ち上がる黒煙に包まれて大変なことになっていた。コンロの周りに敷いた民族系の布が油染みになっている。私は少しサポートに回ったが手伝えることが少なかった。

午後になっても人の入りは盛況で会場ははしゃぎ回る子ども達と、その父母で賑わい続けていた。私の友達も家族でやってきてどんどん和やかな雰囲気に包まれていった。

そして私はこと子を抱っこしたり放置したりして時間を過ごす。こと子は歩くのを覚えたてなので、とにかく隙さえ見つかればあっちにフラフラ、こっちにフラフラと歩いて行ってしまう。家にいる時もそうだが、どうやら境界に惹かれるらしくイベント会場から抜け出し、羽根木公園の出口の方まで歩いて行く。段差があると私の手を求める。私の手を引っ張りながら上がったり下がったり。

イベント中はほとんど曇りだったが、時たま太陽が雲の切れ目から顔を出すと、一気に身体中の細胞が喜んで解れる気がした。時節柄日没が早いのでイベント終了時刻も早い。ピーさんの鹿のカレーとウィンナーも無事売り切れてホッとした頃かほりちゃんが娘のらくちゃんを連れてやってきた。らくちゃんはこと子と約1ヶ月差なので最近よく遊ばせてもらっている。

こと子とらくちゃんが何となく再会を果たすが、2人とも息は揃わず、またすぐにそれぞれで遊び始める。ふと眼を向けると、その辺の落ち葉の上でこと子が蹴つまずき倒れ、立ち上がるのに必死になっている。立ち上がろうとしてうまくいかず、バランスを失ってもう1度こけた。それでも諦めないこと子は目の前で談笑していた知らないママの、タイパンツのようなゆとりのある青いズボンが、目の前手の届く距離にあったものだから、藁にもすがる思いで両手を伸ばした。側から観察していた私は流石にこれはマズいかな、とドキドキしたが、案外と、当の知らないママはそのことに気がつかない様子なので私は手を出さなかった。知らない人のズボンを手綱に果たして立ち上がったこと子であったが、立ち上がった瞬間にまたバランスを崩してうしろへ倒れてしまった。そこで泣き出したので私はようやくこと子を抱き上げた。

それから折角かほりちゃんが来てくれたので、と私はピーさんと店番を交代し、桃さんと何となく片づけをしながらチャイを売ったりした。仕込んだ料理も全て売れ、ハードワークから解放されたピーさんはこと子を連れ、かほりちゃんとらくちゃんと、楽しそうに出かけてしまうとしばらく帰ってこなかった。
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