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アクセルの意気地記 第21話 アイドルと赤い疑惑

こと子がアイフォンの動画の虜になっていることは既に書いたと思うが、数ヶ月前から毎回、執拗に、とにかく繰り返し観ている動画がある。観ているというか、観ながら携帯を畳の上に置いて立ち上がり、その動画に合わせて身体をクネクネさせている。

これは、数ヶ月前にとあるイベントで観たあヴぁんだんどというインディーアイドルユニットの唄とダンスの1部を撮ったものである。子ども向けのイベントだったので沢山の幼児に紛れてこと子も真近でその一部始終を観ていたのであるが、その時はアイドルの動きに合わせ、多少身体を動かしたりしていたものの興奮しているというより、目を奪われて呆然としている風に私には見えていた。

初めてアイドルのパフォーマンス接したこと子の、魂抜き取られたような感じが面白かったので、その時は私だけでなくピーさんもケータイ動画を撮っていた。だから、後になってこと子が私の携帯を見る時も、ピーさんの携帯を見る時もあヴぁんだんどの動画が入っているので、こと子は半ば中毒のようにその動画を見続け、気がつけば彼女たちの振り付けを、必死に、とはいえ完成度は低いが、とにかく真似して踊るようにまでなってしまった。

私はバンドの唄でも幾度か歌っているくらいアイドルというのが苦手である。いや、アイドルそのものが苦手というより、むしろどちらかというとアイドルに熱狂してしまう大衆心理のようなものが嫌いなのかもしれない。そもそもアイドルが好きで夢中で追いかけてます、という男性や女性がマジョリティーではないことはわかっているが、それでもアイドルブームは歴然としてあるのである。ここ10年くらいは赤い疑惑が出入りしているインディーズライブ界隈にも雨後の筍のごとくアイドルグループが対バンに入ってくるということが当たり前になったりしていた。それくらいの盛り上がりは実際にあって、主にライブハウスで地道に活動するアイドルは地下アイドルと呼ばれているらしい。

それでアイドル嫌いな私も、(なるほど、アイドルと一口にいっても色んなタイプがあるんだなぁ)、と呑気に感心したりしていた訳だが、それでも私のアイドルへのイメージが向上した訳ではなかった。アイドルブームは今説明したインディーズ(地下アイドル)に波が来ているのかのように感じていたが、メジャーを見渡せば見渡したでこれまたAKBを筆頭に数え切れないくらいのアイドルグループが(しかもAKBスタイルの大所帯アイドルばかりが)ウヨウヨするようになっていて、私は余計に日本国民のアイドル信仰ぶりに頭が痛くなるのである。

震災以降、無茶苦茶を繰り返している政府に憤っている私は、アイドルに夢中になっている間に政府が好き放題やってるじゃないか、とアイドル現象を政治無関心の象徴のように判じてみたが、よく考えてみたら、特別アイドルではなくてもテレビやスポーツや、その他雑多な個人的関心ごとに夢中になっているために政治に無関心になってる人は幾らでもいるだろうから、アイドルブームだけを責めるのはお門違いなのかもと思い直した(と同時に制服向上委員会というアイドルが原発反対運動に参加していたことや、自分の音楽的覚醒の端緒が光GENJIであったことなどを思い出す…)。

そんな私のアイドル嫌いに以前、部長という友人が「アイドル崇拝は遡れば卑弥呼から長い歴史があるからね〜」と冗談なのか何なのか分からないことを言ってきたので、それで煙に巻かれた気がし、以来私はアイドル崇拝の善悪は棚上げしたままほったらかしている。

私のアイドル感などどうでもいいのであるが、こと子は動画を観ながら踊りだすと、私がいれば必ず「トト、見て〜!」と私を呼ぶことになっている。誰かに見てもらえないとアイドルは完結しないのである。私は、すごいねー、などと言いながら呆れていて、本当はその動画の音声が聴こえるだけで何だか白けて嫌だなぁ、などと最初は思っていたのだ。しかるに、あまりの熱中ぶりに、こと子のこの楽しそうな表情は、あヴぁんだんどのおかげだな、などとちょっと見直していた。そんなある日、ダンスのキメの部分で両手の人差し指で相方(あヴぁんだんどは2人組である)を可愛く指差すくだりがあるのだが、「トト見て〜!」で顔を上げた私の視線にこと子の指差しがばっちりハマって私は恋する男子のように射抜かれてしまったのである。

私はここへきてうかつにも、なるほどアイドルもバカにできないものかも、と思い始めたのであるが、ちょっとよく考えてみたら、赤い疑惑というのもアイドルみたいなものの遠からずではないか、とも思い始めるのである。それを証明するかのように、こと子があヴぁんだんど動画の熱中からほどなくして、今度は赤い疑惑の演奏動画を、あゔぁんだんど動画と併せて夢中で観るようになっていたのである。

その動画は、立川の砂川という場所で毎年秋に行われている、砂川まつりという市民まつりに昨秋赤い疑惑が出た際のもので、会場は屋外、雑木林の中の小さな公園といった感じで、天気もよくピースフルな空気に満たされたとてもいいライブ動画なのである。演奏しているのはレゲエ調のアンチキャピタルロックンロールという、資本主義社会の暴走を憂えた左寄りの内容なのだが、繰り返しその動画を観ていたこと子は、気づいたらその歌詞をなぞって歌うようにまでなっていたのである。

私のハートはためらいがちに歓喜した。それは、自分の唄が小さな子どもでも真似したくなるような魅力を秘めていたことがわかったから、などいろんな意味からであるが、歌詞の意味を知らずに「ケンリョクニハキッパリトノー!」とかわいい声で我が娘にコブシを挙げられた日には痛快な気分にならざるを得なかった。

その動画よりも以前にこと子はピーさんに連れられて赤い疑惑のライブを既に2、3回は目撃していた。昨年行ったCD発売記念のイベントもその内の1つだ。私はこと子が生まれてからほとんどバンド活動をやれていないので、レコ発前の時期は自宅で繰り返しギターと歌の練習をしていた。

自宅で唄の練習といっても実際に歌うわけではない。自宅で歌を歌う気になるのは1人の昼下がりくらいだが、1人で昼下がり家にいるなんてことは最近ほとんどない。なのでほとんどは家族がそばにいる状況の中、口パクでやるのである。歌詞をおさらいすることと、ギターを弾きながら詩を思い出すくらいの練習なのである。

家族を持った、具体的には手のかかる幼児を抱える貧乏ミュージシャン達は皆どうやって練習しているのか。私が周りの友人に聞いた統計だとほとんどが妻子の寝た後のキッチンだというのである。これは実は私も同じなのである。だから私はこれをキッチンロックと呼んでいる。

そういう訳で、その時はまだ妻子が起きていた状況だったが、私がキッチンに立ってエレキギターを掻きむしっていたら、こと子がそれをあざとく見つけた。そしてなんと私の部屋に落ちていた、洗濯して仕舞う前の状態だったステージ衣装のハチマキを拾って私に持ってきたのである。そして、これして、これして、と畳みかけてきた。今はライブちゃうんやでー、と豪快に突っ込みを入れたくなったがその健気な娘の姿に私は泣き崩れる寸前だった。

とうちゃん、本気の時はこれ巻かないと、という訳である。その時、こと子はもう既にライブというかコンサートというか、お客さんがいて、演奏する人がいて、そして父はギターを弾いて歌う人で、ということを理解し始めているのだ、と思った。私はこと子の夢を裏切らないようにその時はこと子から受け取ったハチマキを額に結んで練習した。

また、それ以外でも、私の部屋の押入れが開いていて、その上段の衣装ハンガーにかかっている、私が赤い疑惑のライブの時に羽織っている南米風柄の派手なシャツをこと子が見つけると、「あー、ととのかっこいいだよー」と言うようになったのである。それがステージ衣装であることを記憶してくれているのも嬉しいが、何故かそのステージ衣装含め赤い疑惑のステージを「かっこいい」という言葉で表現するのを聞いて私はまた泣き崩れそうになるのである。

何しろ、こと子が生まれる直前、いろいろテンパっていた私は、(もうバンドなんて辞めてしまおうか…)などとヤケクソ気味の諦念に取り憑かれていたのである。今カミさんのお腹の中にいる娘が大きくなった時、父親が赤い疑惑なぞという暗いバンドをやっている、なんてことに劣等感を抱いたりしないだろうか、などという杞憂に取り憑かれ、半ば本気で悩んだりしていたのだ。だから、まだ年端のいかぬ幼児とはいえ、こと子が父のバンド活動を、かっこいい何か、とカテゴリーしてくれたのには本当に励まされた。

いずれ物心がついて私の披露している音楽に違和感や嫌悪感を抱くかもしれなくても、もはや私は気にしないだろう。幼児の頃に一瞬でも赤い疑惑かっこいいと思ってくれたなら他に望むことはない。あヴぁんだんどと並列でこと子のアイドルとして一瞬でも貢献できたならなんて素敵なことだろう。何しろこれを書いている間にもこと子は前ほどあヴぁんだんどではなくなってきているのである。幼児の移り気は秋の空。赤い疑惑がいつソッポを向かれようとももう私は平気である。
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