5月23日
朝起きるともう11時だ。外は雨が降っている。居間で、姉貴が少し前に起きてきて朝食を啄んでいる。オレはオヤジが作ったつみれのみそ汁を温め、冷蔵庫の残りのおかずを出し、コンビニの食パンを朝食としている姉貴と食卓の角を分け合う。
姉貴は来週引越をするのだ。この家を出て一人暮らしを始めるのだ。だから今日はこれからまた部屋の片付けをやるらしい。近所のイーオンで貰ってきたらしい段ボールが玄関に立てかけられてたのを確認したが、その段ボールはマミーポコパンツの段ボールだった。オレも過去に引越の時にスーパーで段ボールを貰うことがあったが、その時もマミーポコパンツにはお世話になったような気がするので何だかおかしい。
朝食を済ませると、バラライカのショウ君と、名前は知らないバラライカ奏者のおばちゃんがどかどかとやってきて、バラライカの練習を始めるので、オレはとりあえず2人にお茶を出す。この2人のバラライカ奏者を集めたオヤジは客と入れ違いにイーオンに昼飯を買いにいってしまったのだ。
ショウ君がおばちゃんに弦を弾くリズムの取り方を、オレから見たら些か強い口調で教えている。ショウ君は日本のバラライカシーンを背負うオトコなのだ。オレはそんな、自分とは違う分野の音楽で生きているショウ君に畏敬の念を抱きながらパソコンに赴き、本日の予定を呟く。これはオレの今の日常である。
オヤジが帰ってきて出来合いのサンドウィッチをコーヒーで流し込んでいる。どうやら時間がないらしい。食べ終わったオヤジから指令が出た。
「車で駅まで送ってくれ」
「了解」
駅までというのは、正確には駅の近くの市民センターまで、という意味であり、そこでこれからバラライカ合奏団の練習があるからなのだ。オレはオヤジとショウ君とおばちゃんを乗せひとっ走り。家から5分もしない至近距離だ。市民センターの中に荷物を運ぶお手伝いをしたら、広間には既に合奏団のメンバーの幾人か集まっていて、オレは誰も名前も知らないけどオヤジの知り合いなのだから、とペコペコ頭を下げて回った。
帰宅後今度はオペラシティーに絵画の展示を見に出かける。雨はしきりに降っていて、新しく買った、いかにも雨に弱そうな、すぐに水が染みてきそうな、安い作りの靴を、どれだけ雨に弱いかどうかを試験するつもりで、敢えてその靴を選んで履いてきたのだが、案の定駅までの道程の半分を越えた辺りで、つま先からジワジワと靴下が濡れてくるのを感じた。CDヲークマンを聴きながら黙々と歩くオレの横を、地元のガキが片手に傘で自転車で連なって、楽しそうに会話しながら通り過ぎた。トモダチと横に並んで自転車に乗ることなど、もうないよな。
初台に行くには西部新宿駅に着いたあと、随分歩かされることになる。京王新線という何だか変てこな路線に乗らなければならず、いつも迷子になりそうになるのが不思議だ。クボ君が初台で待っていてくれた。今日は彼とデートなのだ。そういえば今日は松田クラッチの結婚式でもあるのだ。オレは何故クボ君とデートなのだろう。
絵画展をフラフラしてたらアマノさんに声をかけられた。隣には奥さんもいるのだ。きょうはアマノさんもデートなのだな、と思ったけど、アマノさんのお相手は女性であるのに対してオレのお相手は男性なのだな、と再認識させられて妙な気持ちだ。アマノさんはオレが前に差し上げた、沖縄の民謡を気に入って聴いてくれていたらしく、それのお礼と、「最近沖縄に行ってきてね」という思い出まで語ってくれた。「アタシは行かなかったんですよ」と隣で不満そうに奥さんが漏らした。
適当に世間話を切り上げて再度絵画の世界へ戻る。簡略に描いた人の顔が、升目上に何行何列にも描かれている。いろんな顔がオレの眼の中に押し寄せてきて、こんな線描のような簡素な顔なのに、顔というのはやはりものすごいパワーをもっているんだな、と思う。鳥の絵や、猫の絵もいっぱい展示されていたけど、顔の絵が最も心に残ったようである。
「やっぱ年をとるとどんどんポップになっていくんですね」「うーん、そうだよね。音楽でもだいたいそうだもんね」「あー、そうですよね。それが普通なんでしょうね」「うーん、ずっとパンクでいるのもね…」絵画の感想はそういう感じだった。クボ君と展示の感想を述べ合いながら今度は八広というところに向かう。2人とも知らない、初めての土地なので遠足気分だ。
同じ東京なのに西東京の僕らにとってみれば僻地とも言えるアクセスの悪さで、初台から4回も乗り換えがあって、オレとクボ君はたびたび迷子になりそうになった。着いてみると本当に何もない感じの土地で、2人して呆然とした。イベントが行われるらしい会場への道はひたすら荒川の土塀沿いを歩く、という感じで、降り続く雨の中、オレは本当に遠足気分になる自分を楽しんでいた。
廃工場の跡らしいその空間は子供の頃に夢見た秘密基地の魅力を全面にたたえた素晴らしい場所だった。クボ君とビールを注文してうどんを食って、ハイチのカンドンブレの映像を観た。カンドンブレはブードゥー教の儀式の音楽で、オレはすごく興味があるのだけど、途中でうつらうつら寝てしまった。ハッと目が覚めるとスクリーンに、太鼓の持続的に反復するリズムでトランス状態に入った現地人の女性が憑かれたように身体を動かしている。うーむ、これはすごいな、と思うと同時に、これは野口整体でいう活元運動というヤツと非常に酷似しているな、と思った。それはオレの中で確信に近いひらめきであったので、一人で興奮した。
遠いところまで来てしまったので早めにその秘密基地を辞去して帰途へ。雨は止みそうにない。これはもう梅雨の雨じゃないか。草臥れた足で新宿まで戻り、地下街の梅もとで500円のサービスセットをクボ君と食って別れた。帰りの西部新宿線下り普通列車では座ることができたため、またうつらうつらして地元の田無を危うく乗り過ごしそうになった。
姉貴は来週引越をするのだ。この家を出て一人暮らしを始めるのだ。だから今日はこれからまた部屋の片付けをやるらしい。近所のイーオンで貰ってきたらしい段ボールが玄関に立てかけられてたのを確認したが、その段ボールはマミーポコパンツの段ボールだった。オレも過去に引越の時にスーパーで段ボールを貰うことがあったが、その時もマミーポコパンツにはお世話になったような気がするので何だかおかしい。
朝食を済ませると、バラライカのショウ君と、名前は知らないバラライカ奏者のおばちゃんがどかどかとやってきて、バラライカの練習を始めるので、オレはとりあえず2人にお茶を出す。この2人のバラライカ奏者を集めたオヤジは客と入れ違いにイーオンに昼飯を買いにいってしまったのだ。
ショウ君がおばちゃんに弦を弾くリズムの取り方を、オレから見たら些か強い口調で教えている。ショウ君は日本のバラライカシーンを背負うオトコなのだ。オレはそんな、自分とは違う分野の音楽で生きているショウ君に畏敬の念を抱きながらパソコンに赴き、本日の予定を呟く。これはオレの今の日常である。
オヤジが帰ってきて出来合いのサンドウィッチをコーヒーで流し込んでいる。どうやら時間がないらしい。食べ終わったオヤジから指令が出た。
「車で駅まで送ってくれ」
「了解」
駅までというのは、正確には駅の近くの市民センターまで、という意味であり、そこでこれからバラライカ合奏団の練習があるからなのだ。オレはオヤジとショウ君とおばちゃんを乗せひとっ走り。家から5分もしない至近距離だ。市民センターの中に荷物を運ぶお手伝いをしたら、広間には既に合奏団のメンバーの幾人か集まっていて、オレは誰も名前も知らないけどオヤジの知り合いなのだから、とペコペコ頭を下げて回った。
帰宅後今度はオペラシティーに絵画の展示を見に出かける。雨はしきりに降っていて、新しく買った、いかにも雨に弱そうな、すぐに水が染みてきそうな、安い作りの靴を、どれだけ雨に弱いかどうかを試験するつもりで、敢えてその靴を選んで履いてきたのだが、案の定駅までの道程の半分を越えた辺りで、つま先からジワジワと靴下が濡れてくるのを感じた。CDヲークマンを聴きながら黙々と歩くオレの横を、地元のガキが片手に傘で自転車で連なって、楽しそうに会話しながら通り過ぎた。トモダチと横に並んで自転車に乗ることなど、もうないよな。
初台に行くには西部新宿駅に着いたあと、随分歩かされることになる。京王新線という何だか変てこな路線に乗らなければならず、いつも迷子になりそうになるのが不思議だ。クボ君が初台で待っていてくれた。今日は彼とデートなのだ。そういえば今日は松田クラッチの結婚式でもあるのだ。オレは何故クボ君とデートなのだろう。
絵画展をフラフラしてたらアマノさんに声をかけられた。隣には奥さんもいるのだ。きょうはアマノさんもデートなのだな、と思ったけど、アマノさんのお相手は女性であるのに対してオレのお相手は男性なのだな、と再認識させられて妙な気持ちだ。アマノさんはオレが前に差し上げた、沖縄の民謡を気に入って聴いてくれていたらしく、それのお礼と、「最近沖縄に行ってきてね」という思い出まで語ってくれた。「アタシは行かなかったんですよ」と隣で不満そうに奥さんが漏らした。
適当に世間話を切り上げて再度絵画の世界へ戻る。簡略に描いた人の顔が、升目上に何行何列にも描かれている。いろんな顔がオレの眼の中に押し寄せてきて、こんな線描のような簡素な顔なのに、顔というのはやはりものすごいパワーをもっているんだな、と思う。鳥の絵や、猫の絵もいっぱい展示されていたけど、顔の絵が最も心に残ったようである。
「やっぱ年をとるとどんどんポップになっていくんですね」「うーん、そうだよね。音楽でもだいたいそうだもんね」「あー、そうですよね。それが普通なんでしょうね」「うーん、ずっとパンクでいるのもね…」絵画の感想はそういう感じだった。クボ君と展示の感想を述べ合いながら今度は八広というところに向かう。2人とも知らない、初めての土地なので遠足気分だ。
同じ東京なのに西東京の僕らにとってみれば僻地とも言えるアクセスの悪さで、初台から4回も乗り換えがあって、オレとクボ君はたびたび迷子になりそうになった。着いてみると本当に何もない感じの土地で、2人して呆然とした。イベントが行われるらしい会場への道はひたすら荒川の土塀沿いを歩く、という感じで、降り続く雨の中、オレは本当に遠足気分になる自分を楽しんでいた。
廃工場の跡らしいその空間は子供の頃に夢見た秘密基地の魅力を全面にたたえた素晴らしい場所だった。クボ君とビールを注文してうどんを食って、ハイチのカンドンブレの映像を観た。カンドンブレはブードゥー教の儀式の音楽で、オレはすごく興味があるのだけど、途中でうつらうつら寝てしまった。ハッと目が覚めるとスクリーンに、太鼓の持続的に反復するリズムでトランス状態に入った現地人の女性が憑かれたように身体を動かしている。うーむ、これはすごいな、と思うと同時に、これは野口整体でいう活元運動というヤツと非常に酷似しているな、と思った。それはオレの中で確信に近いひらめきであったので、一人で興奮した。
遠いところまで来てしまったので早めにその秘密基地を辞去して帰途へ。雨は止みそうにない。これはもう梅雨の雨じゃないか。草臥れた足で新宿まで戻り、地下街の梅もとで500円のサービスセットをクボ君と食って別れた。帰りの西部新宿線下り普通列車では座ることができたため、またうつらうつらして地元の田無を危うく乗り過ごしそうになった。
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