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家族旅行 その一

昨晩チーキーで随分遅くまで遊んでたので寝不足だ。期日前投票をするべく少し早めに起きたが、投票するための証書がみつからない。今日は家族旅行に出ねばならず、出発までに時間がないので、後ろめたいが、投票を諦めることにする。

時間がないというのにオヤジが黙々と準備した朝飯は、しっかり食いごたえのある内容だった。昨日から塩につけておいた、という秋刀魚はそれぞれ一尾ずつ膳にすえられた。

助手席にオヤジを乗せ、オレが運転する車が高井戸駅前に到着したのは、姉と約束した時間より30分弱遅れだった。約束の場所に停車させたが、姉の姿がみつからない。オヤジは車から降りて落ち着きなく四方を見回している。運転席から正面に、姉がこっちに向かって歩いてくるのが見えたので、オレは助手席に乗り出して反対側のドアを開け、後方にいるオヤジに向かって大声を出した。「姉ちゃんいたよ」大声を出したつもりが環八の騒音にあっさりかき消され、オヤジには届かなかった様子なので、更に大声を心がけ「おとおさん」とやったらやっと気付いてくれた。

中央自動車道で2時間ばかり渋滞に足をとられ、ほとんど何にもないサービスエリアで休憩し、運転をオヤジにバトンタッチ。オヤジはいつものことなのか、130キロ、140キロとガンガンとばす。荒い運転に慣れない姉がしきりに怖がって「ちょっとお父さん飛ばし過ぎ」とキツく注意するが、オヤジははにかんでちょっとは同意したそぶりでスピードを落とすが、気付くとまた140キロ出している。車間距離もグングン押し込んで行って、前の車にぴったりくっつくような運転をするので、また姉の怒声が鳴る。オレが助手席でヘラヘラしてると、姉貴が「ハルちゃん、よく平気だね。」とオレが怖がらないのを不思議がっている。はっきり言うとオレも怖いには怖いんだが、それよりもこういうオヤジと姉のやりとりの方が、どちらかというと面白くてヘラヘラしちゃう。

昼ご飯は目的地の蓼科で蕎麦でも食おうと、すっかり昼時を通り越して、腹がペコペコなのにも関わらず、サービスエリアでは食わずに諏訪南インターを降りる。もと、祖母の別荘で、今は亡き母の兄弟の所有となった別荘に向かう途中、適当な蕎麦屋をみつけてオレ達はようやく昼飯にありついた。外観は落ち着いた和風でいい感じだと思ったが、中に入ってみると統一感のない和洋折衷風の店内で、時間が時間のせいだからか分からぬが客はオレ達の他に一組。(これでは、折角だが旨いソバにはありつけそうもないな)と思った。「もりとざるってどう違うの」オレが姉に聞いた。「たぶん海苔がふってあるかないかだよ」という。え、そうなの、そんなことで100円も違うのかな。トイレに行って不在だったオヤジが戻ってきたので「もりとざるってどう違うの」と同じことをオヤジに聞いてみた。「海苔がふってあるかないかの違いだよ」

オレ達が食事をしていると、前からいた一組の客が帰って行った。
「今の2人は夫婦かな」
「まさか、そんなわけないでしょ」
「そうだよね、やっぱり親子だよね、そりゃそうだよね」
店のおばちゃんが、水はいかがですか、と言って水をついでくれる。ソバの味は思った程悪くないけど、特別においしいという訳ではなかった。ふと左後方のレジの方で気配がするので顔を向けると、さっき水をついでくれたおばちゃんと、もうちょっとトシのいったおばあちゃんが、レジを囲んで暇をもてあそんでなにやらヒソヒソやってる。その様子があまりにも長閑で、東京的でなく、いじらしく、しかも野暮ったくて、それが無性に憎めない光景に感じてオレは心を奪われた。姉も同感だったらしく、「いいね」と言って笑った。こういうささやかな会話はオヤジを無視したところで交わされたりする。

別荘に行く前に少し買い出しをした。ビーナスラインという、「のんびり田舎観光街道」といった趣の道路沿いにあった「自家製ハム・ソーセージ」という店が気になったので、車を止めて入ってみた。「○○テレビで取り上げられました」という貼り紙が入口の前にあったので、ちょっと嫌な感じがしたけど、ログハウス風な小さな工房という具合の店構えでなかなか雰囲気はある。中にずかずか入ってみると、そそくさと無愛想な店員が出てきて、「いらっしゃいませ、これから当店のオススメメニューをご試食していただきます」と一方的に言ってくるのでオレも姉貴も呆気にとられているがオヤジは全然動じてない。厨房にその店員が入ったかと思うと、ほどなく戻ってきて、左手には5種類のオススメハム・ソーセージが並べられた皿を手にしている。流れに任せそれを受け取ると、「ではまず最初に食べていただくのがこちらのローストチキンです」と店員は早くも畳み掛けてくる。(何だよ、食べる順番まで先導されるのか、調子狂っちゃうなー)と思いつつも、結局最後まで店員のナビゲートするままに食べてしまった。すごく、特別にウマいという程ではないけどまあウマいかなという感じ。とはいえ、家族で来ているのだからケチったり、ケチつける気にもなれず、3人で適当に数点買って車に戻った。誰ともなくすぐにさっきのソーセージ屋の店員のハナシになって、無愛想な子だったなとか、でも意外に説明内容とか接客は丁寧だったとか、でもあれってマニュアルっぽいよねとか、好き勝手に批評しあった。そういえば、その店員からハムの説明を受けている途中で、一度マスターらしき白衣のオヤジが厨房から現れたが、ということはあの店員はマスターの妻なのかな。いや、そんなわけないでしょう、と姉。じゃあバイトかな~。どうもオレは赤の他人の2人組をみると夫婦に見立てたいらしい。

別荘に着いて荷物を運び込む。ここを訪れるのはもう何年かぶりになるだろう、という姉はしきりに懐かしがって、ここに来るまではこの家族旅行を少し面倒臭がっていたようだったが、すでに長野の自然と久々の別荘の雰囲気に癒され始めているようだ。荷物を下ろして一息つく間もなく、さあ、クロの墓を作ろう、ということになった。そうなのだ、今回のこの家族旅行は、この別荘の一角に、去年死んでしまって骨になった黒猫のクロを埋めるという目的が建前として、そして現実としてあったのである。ずっと実家の神棚に母の遺影と一緒に安置されてたクロの骨壺は、今回一緒にこの別荘に運び込まれたのであった。荒れるだろうと予想された空模様はまだ持ちこたえているが、相変わらず分厚い雲が上空を覆っていた。
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