終わらない一日
起床すると、いけない、あと小一時間で家を出なくてはという時間である。オヤジに朝メシを喰え、と言われたが、オレはこの後、クラッチの結婚祝いのスペシャルランチにいく予定なので断った後、みそ汁だけ啜った。夜更かしして帰った後のみそ汁は格別のものだ。
急いで家に掃除機をかけ(これは自分の中でオレの役割にしている仕事である)、天気もいいので選択機を回し、バタバタ出かける準備をしていたが、いつも通り捗らず、洗濯物を干す、という作業工程だけをオヤジに依頼して家を出、車に乗った。吉祥寺で姉を拾い、クラッチ宅へ。オレと姉貴で、クラッチ夫妻の結婚を祝おうというのである。
クラッチとタッチーを拾い、予約をとっていたレストランへ。オレの知っている数少ない贅沢なお店だ。蟹の肉をマンゴーソースで頂くような前菜から始まって上品なフレンチコースをみんなで、うまい、おいしい、などと口々にし、最後のデザートを喰い終わる頃にはすっかり腹がふくれてしまうのであった。
姉を吉祥寺で下ろし、クラッチとタッチーを送り届け一旦帰宅。するとオレはうっかり家の鍵を持って出なかったらしいことが発覚した。こんな年で鍵がなくて家に入れずに困っているのはみっともないので、それに急に便意を催し始めていたので、とりあえず近所のイーオンに一旦避難。イーオンで事を済ませてマンションに戻る。マンションの裏庭から回ると1階の長尾家はベランダによじ登れるのだ。小さい頃によく鍵がなくて家に入れなかった時によく使う手だった。もっともベランダの窓の鍵が無防備に空いている時でないとその手は結局成就しない。それに小さい子供ならいいが、大のオトナがベランダの柵をよじ登っていたら尋常な光景じゃない。分かってはいたが試してみたくなってしょうがなくなったので、ガキの頃通り抜けていた裏庭への秘密の通路を確認しにいったら、しっかり網が張られてあって、行けないようになっていた。
よじ登り作戦ができないとなるとどうしようもない。オヤジとも電話が繋がらないし、と思って狼狽しているところへ「おいっ」と言ってオヤジが声をかけてきたのだから驚いた。オレは持ち前のマイペースな仏頂面を取り戻し、「実は鍵を持って出なくて」と弁解して、オヤジの後に小さくなって続いて無事我家の門を潜ることができた。オヤジの右手にはパンパンに詰まったスーパーのビニールがぶら下がっていた。近所に買物に行っていたらしい。
数時間後、今度は赤い疑惑の打ち合わせをしにクラッチが来宅した。新曲のギターとベースのアンサンブルを確認して、連れ立って西荻のスタジオへ。ブレーキーと合流。赤い疑惑の練習本番である。そして今日はスタジオ練が終わったら新木場までライブをしに行かねばならない。オールナイトのイベントで、出番が3時45分からだというので、オレ達はスタジオ練習を夜中の1時に切り上げて出発した。もちろんバンドワゴンは我がオヤジの愛車である。
助手席に陣取ったブレーキーが自慢のiPHONEで何やら電波をトバしてカーオーディオでDJを始める。油断のならないヤツだ。夜中の首都高は空いている。威圧感のある山の手のビルの間をすり抜け、江戸城の脇をすり抜け、夜景は綺麗だろうか、だけどオレは首都高は狭いし、ウネウネしているので怖い。集中して運転しなければならない。助手席のブレーキーはDJをしながらも時々「あ、玄ちゃん、次右の車線に入っといた方がいい」などといって大変役に立つ。オレは言われるままに走るだけだ。
東東京方面のクルー、マギーをピックアップして会場へ。着いてみると、何とまあ大変辺鄙な場所である。東京湾に隣接した工場やら木材倉庫やらがあるだけであとは空き地などがポツポツと。その辺一体は住人がいないらしい。それで夜中に倉庫で爆音で、という今日のイベントが実現可能なのであるのだな。これは実際に足を運んでみないと分からない。
しかしそんなことよりも、到着して案内してくれたスタッフが申し訳無さげに告白するには、既にタイムテーブルに1時間半近くの遅れが出ているらしい。オレたちの出番は5時近くになるようだ。困ってしまった。どうやって時間を潰そうか。
開場時間から来ているという、しかも地元の吉祥寺から自転車でここまで来たという友達のタバケンと会場で合流する事ができた。タバケンは「すっかり冷えちゃったよ」といって、野外にぶっきらぼうに備えられたストーブにあたっていた。しかもストーブにあたっていた他のお客さんと楽しそうに談笑していたので、「調子よさそうじゃん」と冷やかすと、「いや別にそんなんじゃないよ。っていうかお前ら遅いよ」とブツブツ言っている。タバケンは談笑していた人間に暇を告げてオレたちと合流した。合流したところで、特にやることもないので、とりあえずコンビニに行くか、ということになり、会場から一番近いコンビにを探すべくオレたちは出入り口に向かう。
受付で女の子が番をしていて、近くのコンビニを教えてくれる。しかし、再入場は不可だと付け足すので、誰ともなく「あの、出演者なんですけど」と言った。「出演者であればいいですよ」と言った後に「すみません、今日は何だか時間が押してしまっていて」と出演者のオレ達に気を使っている。「すみません」と言ったその子の困った顔が妙に気に入ってしまったオレは、「いや、いいんですよ」と言った後、先に表に出たメンバーを待たせておいて、しばらくその場から離れ難く、「赤い疑惑といいますが」とか余計なことを言いながら少しその子と会話を図った。
ほどなくして待たせたメンバーとコンビニ向かって歩き出す。するとさっきの受付の女の子の顔が頭に焼き付いて離れないようで困った。メンバーや連れにはもちろんそんなことは口にもせず、むしろバレないように、と思ってさりげなくしていた。教えてもらったセブンイレブンの横にすき屋があったので、我々一行は出番までの時間を紛らわすべく、とりあえずすき屋でメシを喰うということになった。
すき屋でオレたちは思い思いの商品を頼んだ。オレはゆずポンおろしと一緒に頂く牛丼ミニとみそ汁を頼んだ。正面のマギーはゆずポンおろしと一緒に頂く牛丼ミニと、追加でサラダを頼んでいた。他の連中が何を頼んだのかは記憶しないが、マギーは初めゆずポンおろしと一緒に頂く牛丼のみを注文したのに、途中でサラダを追加注文したことだけははっきりと思い出すのだ。「よくありますよね。ミニなんちゃらとか頼んどいて、食べ出したら、まだイけるな、っつって追加するパターン」と言ってサラダを追加していた。
オレはすき屋でメシを喰っている間、それに喰い終わってだらっとしている間、みんなと話しながらも受付の女の子の困った顔が頭から離れない。平然とみんなと会話しながら、(いや、これは運命かもしれない)などと過激な妄想を頭の中では展開していたようだ。腹がくちてみんなですき屋を出て会場に戻ることになった。オレは引き続き(これは、ちゃんと声をかけて連絡先のひとつやふたつ交換しとくべきじゃないか)などと思いながら歩いていた。(よし、そうしよう)自分の中での多数決が決まって動悸を高ぶらせながら会場に戻ると、受付にはさっきの子とは全然別の人間が3人くらいで番をしていて絶望的な気持ちになった。
楽しみが減ってしまったオレはここへきてクルーのマギーに「いや、実はさっきの受付にいた子、すげえタイプだった。だけどどっかいっちゃった」と告白した。すると「分かってましたよ。クラッチと受付の外で話してた時、すでにそういう予測はしてましたよ」というのだ。そうか、全部お見通し。つくづく自分の嘘のつけなさに恥じ入ったが、「あっ、あの子いますよ、いますよ。ホラ、受付に戻った」とマギーが教えてくれるのだった。受付を見ると、実際それらしい子が、今は1人で番をしているオトコの脇に行ってちょこんと座った。ここからの距離じゃホントにその子がさっきの受付の、困った顔を持ったあの子なのか、オレの視力では確認できないのだけれど、オレはもはやマギーに「タイプだった」と言ってしまったせいで、妙に意識ちゃってドキドキして直視できない。
「で、どうするんですか」とマギーが言うので、「オレ、やっぱり、ちょっと話してくる」と返答して行こうとするのを、すかさずマギーが「ちょっ、ちょっ、待って下さい長尾君、あの二人付き合ってますよ」と余計なことを教えてくれるのだった。言われてみると確かに、受付の二人の距離感などから、実際そんな雰囲気はあるのだ。オレの視力じゃはっきり見えなくてもそういう雰囲気だけはなんとなく伝わって来るものらしい。「彼氏がこのイベントの運営やってるから、アタシはあんまりこういうイベント興味ないけど、付合いで手伝ってるんです、って感じですよ。うん、絶対そうだ」マギーは矢継ぎ早にオレをがっかりさせるようなことを連発する。オレもすっかりその気にさせられて意気消沈してしまった。
オレがすっかり弱気になっていると、「でも、いいじゃないですか、彼氏いても」と今度はまるでさっきと逆様のことをマギーが言うので、オレはけしかけられているのかもしれない。この調子だとはオレは催眠術にもかけられやすいかもしれない。う~ん、そうだそうだ、彼氏いても関係ないよ、決めるのはあの子次第だものな。やっぱりオレは騙されやすいのかもしれない。
「まず、何て声かけるんですか」とマギーが更にけしかけるので、「あの~、付き合ってる人いるんですか?かな」と答えると「ダメ、ダメ。いきなりそんな風に攻めたら。逆効果ですよ」云々。そこからオレとマギーはああでもないこうでもない、と揉めた後に「あの子スタッフだからライブ終わりまでいますよ。後でチャンスをうかがえばいいですよ」というマギーの提案にオレものった。というより、あの恐らくの彼氏の存在が浮上した時点でオレは8割方負けた気分になっていたようだ。いやいや、そんなことよりも何よりも、オレにはこれから大事なライブがあるではないか。
それから数時間後、赤い疑惑の炎上ライブが終わると空はすっかり明るくなってもう午前6時に近かった。オレはこの後、帰宅したら死んだ母の5年祭という法要が待ち構えていて、このままだと寝ないでそれに臨まなければならないのだった。ライブですっかり全力を振り絞ったオレは、もう受付の子を探す気力もなく、とにかく法要に間に合うように素早く撤収することだけが頭を覆うのであった。
急いで家に掃除機をかけ(これは自分の中でオレの役割にしている仕事である)、天気もいいので選択機を回し、バタバタ出かける準備をしていたが、いつも通り捗らず、洗濯物を干す、という作業工程だけをオヤジに依頼して家を出、車に乗った。吉祥寺で姉を拾い、クラッチ宅へ。オレと姉貴で、クラッチ夫妻の結婚を祝おうというのである。
クラッチとタッチーを拾い、予約をとっていたレストランへ。オレの知っている数少ない贅沢なお店だ。蟹の肉をマンゴーソースで頂くような前菜から始まって上品なフレンチコースをみんなで、うまい、おいしい、などと口々にし、最後のデザートを喰い終わる頃にはすっかり腹がふくれてしまうのであった。
姉を吉祥寺で下ろし、クラッチとタッチーを送り届け一旦帰宅。するとオレはうっかり家の鍵を持って出なかったらしいことが発覚した。こんな年で鍵がなくて家に入れずに困っているのはみっともないので、それに急に便意を催し始めていたので、とりあえず近所のイーオンに一旦避難。イーオンで事を済ませてマンションに戻る。マンションの裏庭から回ると1階の長尾家はベランダによじ登れるのだ。小さい頃によく鍵がなくて家に入れなかった時によく使う手だった。もっともベランダの窓の鍵が無防備に空いている時でないとその手は結局成就しない。それに小さい子供ならいいが、大のオトナがベランダの柵をよじ登っていたら尋常な光景じゃない。分かってはいたが試してみたくなってしょうがなくなったので、ガキの頃通り抜けていた裏庭への秘密の通路を確認しにいったら、しっかり網が張られてあって、行けないようになっていた。
よじ登り作戦ができないとなるとどうしようもない。オヤジとも電話が繋がらないし、と思って狼狽しているところへ「おいっ」と言ってオヤジが声をかけてきたのだから驚いた。オレは持ち前のマイペースな仏頂面を取り戻し、「実は鍵を持って出なくて」と弁解して、オヤジの後に小さくなって続いて無事我家の門を潜ることができた。オヤジの右手にはパンパンに詰まったスーパーのビニールがぶら下がっていた。近所に買物に行っていたらしい。
数時間後、今度は赤い疑惑の打ち合わせをしにクラッチが来宅した。新曲のギターとベースのアンサンブルを確認して、連れ立って西荻のスタジオへ。ブレーキーと合流。赤い疑惑の練習本番である。そして今日はスタジオ練が終わったら新木場までライブをしに行かねばならない。オールナイトのイベントで、出番が3時45分からだというので、オレ達はスタジオ練習を夜中の1時に切り上げて出発した。もちろんバンドワゴンは我がオヤジの愛車である。
助手席に陣取ったブレーキーが自慢のiPHONEで何やら電波をトバしてカーオーディオでDJを始める。油断のならないヤツだ。夜中の首都高は空いている。威圧感のある山の手のビルの間をすり抜け、江戸城の脇をすり抜け、夜景は綺麗だろうか、だけどオレは首都高は狭いし、ウネウネしているので怖い。集中して運転しなければならない。助手席のブレーキーはDJをしながらも時々「あ、玄ちゃん、次右の車線に入っといた方がいい」などといって大変役に立つ。オレは言われるままに走るだけだ。
東東京方面のクルー、マギーをピックアップして会場へ。着いてみると、何とまあ大変辺鄙な場所である。東京湾に隣接した工場やら木材倉庫やらがあるだけであとは空き地などがポツポツと。その辺一体は住人がいないらしい。それで夜中に倉庫で爆音で、という今日のイベントが実現可能なのであるのだな。これは実際に足を運んでみないと分からない。
しかしそんなことよりも、到着して案内してくれたスタッフが申し訳無さげに告白するには、既にタイムテーブルに1時間半近くの遅れが出ているらしい。オレたちの出番は5時近くになるようだ。困ってしまった。どうやって時間を潰そうか。
開場時間から来ているという、しかも地元の吉祥寺から自転車でここまで来たという友達のタバケンと会場で合流する事ができた。タバケンは「すっかり冷えちゃったよ」といって、野外にぶっきらぼうに備えられたストーブにあたっていた。しかもストーブにあたっていた他のお客さんと楽しそうに談笑していたので、「調子よさそうじゃん」と冷やかすと、「いや別にそんなんじゃないよ。っていうかお前ら遅いよ」とブツブツ言っている。タバケンは談笑していた人間に暇を告げてオレたちと合流した。合流したところで、特にやることもないので、とりあえずコンビニに行くか、ということになり、会場から一番近いコンビにを探すべくオレたちは出入り口に向かう。
受付で女の子が番をしていて、近くのコンビニを教えてくれる。しかし、再入場は不可だと付け足すので、誰ともなく「あの、出演者なんですけど」と言った。「出演者であればいいですよ」と言った後に「すみません、今日は何だか時間が押してしまっていて」と出演者のオレ達に気を使っている。「すみません」と言ったその子の困った顔が妙に気に入ってしまったオレは、「いや、いいんですよ」と言った後、先に表に出たメンバーを待たせておいて、しばらくその場から離れ難く、「赤い疑惑といいますが」とか余計なことを言いながら少しその子と会話を図った。
ほどなくして待たせたメンバーとコンビニ向かって歩き出す。するとさっきの受付の女の子の顔が頭に焼き付いて離れないようで困った。メンバーや連れにはもちろんそんなことは口にもせず、むしろバレないように、と思ってさりげなくしていた。教えてもらったセブンイレブンの横にすき屋があったので、我々一行は出番までの時間を紛らわすべく、とりあえずすき屋でメシを喰うということになった。
すき屋でオレたちは思い思いの商品を頼んだ。オレはゆずポンおろしと一緒に頂く牛丼ミニとみそ汁を頼んだ。正面のマギーはゆずポンおろしと一緒に頂く牛丼ミニと、追加でサラダを頼んでいた。他の連中が何を頼んだのかは記憶しないが、マギーは初めゆずポンおろしと一緒に頂く牛丼のみを注文したのに、途中でサラダを追加注文したことだけははっきりと思い出すのだ。「よくありますよね。ミニなんちゃらとか頼んどいて、食べ出したら、まだイけるな、っつって追加するパターン」と言ってサラダを追加していた。
オレはすき屋でメシを喰っている間、それに喰い終わってだらっとしている間、みんなと話しながらも受付の女の子の困った顔が頭から離れない。平然とみんなと会話しながら、(いや、これは運命かもしれない)などと過激な妄想を頭の中では展開していたようだ。腹がくちてみんなですき屋を出て会場に戻ることになった。オレは引き続き(これは、ちゃんと声をかけて連絡先のひとつやふたつ交換しとくべきじゃないか)などと思いながら歩いていた。(よし、そうしよう)自分の中での多数決が決まって動悸を高ぶらせながら会場に戻ると、受付にはさっきの子とは全然別の人間が3人くらいで番をしていて絶望的な気持ちになった。
楽しみが減ってしまったオレはここへきてクルーのマギーに「いや、実はさっきの受付にいた子、すげえタイプだった。だけどどっかいっちゃった」と告白した。すると「分かってましたよ。クラッチと受付の外で話してた時、すでにそういう予測はしてましたよ」というのだ。そうか、全部お見通し。つくづく自分の嘘のつけなさに恥じ入ったが、「あっ、あの子いますよ、いますよ。ホラ、受付に戻った」とマギーが教えてくれるのだった。受付を見ると、実際それらしい子が、今は1人で番をしているオトコの脇に行ってちょこんと座った。ここからの距離じゃホントにその子がさっきの受付の、困った顔を持ったあの子なのか、オレの視力では確認できないのだけれど、オレはもはやマギーに「タイプだった」と言ってしまったせいで、妙に意識ちゃってドキドキして直視できない。
「で、どうするんですか」とマギーが言うので、「オレ、やっぱり、ちょっと話してくる」と返答して行こうとするのを、すかさずマギーが「ちょっ、ちょっ、待って下さい長尾君、あの二人付き合ってますよ」と余計なことを教えてくれるのだった。言われてみると確かに、受付の二人の距離感などから、実際そんな雰囲気はあるのだ。オレの視力じゃはっきり見えなくてもそういう雰囲気だけはなんとなく伝わって来るものらしい。「彼氏がこのイベントの運営やってるから、アタシはあんまりこういうイベント興味ないけど、付合いで手伝ってるんです、って感じですよ。うん、絶対そうだ」マギーは矢継ぎ早にオレをがっかりさせるようなことを連発する。オレもすっかりその気にさせられて意気消沈してしまった。
オレがすっかり弱気になっていると、「でも、いいじゃないですか、彼氏いても」と今度はまるでさっきと逆様のことをマギーが言うので、オレはけしかけられているのかもしれない。この調子だとはオレは催眠術にもかけられやすいかもしれない。う~ん、そうだそうだ、彼氏いても関係ないよ、決めるのはあの子次第だものな。やっぱりオレは騙されやすいのかもしれない。
「まず、何て声かけるんですか」とマギーが更にけしかけるので、「あの~、付き合ってる人いるんですか?かな」と答えると「ダメ、ダメ。いきなりそんな風に攻めたら。逆効果ですよ」云々。そこからオレとマギーはああでもないこうでもない、と揉めた後に「あの子スタッフだからライブ終わりまでいますよ。後でチャンスをうかがえばいいですよ」というマギーの提案にオレものった。というより、あの恐らくの彼氏の存在が浮上した時点でオレは8割方負けた気分になっていたようだ。いやいや、そんなことよりも何よりも、オレにはこれから大事なライブがあるではないか。
それから数時間後、赤い疑惑の炎上ライブが終わると空はすっかり明るくなってもう午前6時に近かった。オレはこの後、帰宅したら死んだ母の5年祭という法要が待ち構えていて、このままだと寝ないでそれに臨まなければならないのだった。ライブですっかり全力を振り絞ったオレは、もう受付の子を探す気力もなく、とにかく法要に間に合うように素早く撤収することだけが頭を覆うのであった。
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