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アタシ争いたくないんです

中から爆音の漏れるフォギーの扉を押し開け、階段を降りると、ミキちゃんが「ながおさん」と言って過剰な勢いで迎えてくれる。何だかもう随分と酔っぱらっているみたいで、眼もウルウルとしている。可愛らしいコで、最近DJなどやるようになって、こういう夜の盛り場に顔を出すようになってからチョコチョコ顔を合わせるようになった。

本当に可愛らしいので、オレは最初、この子は彼氏いるのかな、などとまた獲らぬタヌキの心配をするのであったが、すぐにミキちゃんはジュンイチロウの彼女であることが判明し、オレは拍子抜けした。ジュンイチロウはイケメンのDJで、初め何だか癪に触るヤツだな、という印象であったが、話すとすごくいいオトコで、その後オレはすぐにジュンイチロウと仲良くなり、結果ミキちゃんとも仲良くなった。

2人とも赤い疑惑の大ファンになってくれて、ライブに遊びに来たりしてくれたりするようになった。2人とはこのフォギーでチョコチョコ顔を合わせる。ジュンイチロウがレギュラーでここでDJをしているイベントにオレは遊びに行く。小さなクラブだが、久米川という辺境の地にあり、近所だということもあって遊びに行く。ここでは余計な欲求を起こさずにマイペースに時間を過ごすことができる。こんなクラブをオレは他に知らない。

ミキちゃんもジュンイチロウも酒飲みであるが、その日のミキちゃんの酔い方は勢いがよかった。爆音のラテン音楽に身を任せてピョコピョコと飛び跳ねて、そうかと思うと、椅子に座って音楽を楽しんでるオレの隣に突然駆け寄ってきて、何かを伝えようと顔をこわばらせている。オレが彼女の意を確かめようとすると、何かを発言したのであるが、スピーカーは近いし爆音が爆音なので聞こえない。そもそも小柄で、大きい声を出すのが得意なタイプではない。オレが耳を近付けるとミキちゃんは顔を近付けて掌をメガホンにして言った。
「ながおさん…。アタシ、争いたくないんです」
「えっ」
聞き返すと、もう一度、
「あらそいたく、ないんです」
「えっ」
オレは我に帰った。オレは酔っぱらった人間の扱い方を知らない。争いたくない、とは何事だろう。ミキちゃんの眼は瞬きもせず真剣である。さっきまで踊っていた人間の顔じゃなくなっているのだ。ミキちゃんはどういうつもりでオレにそんなことを言ってるんだろう。
「オレも争うのは好きじゃないよ」
とオレは月並みなことを、しかも大声で言う羽目になった。だけど、オレの返答はミキちゃんの望んでいたものではなかったみたいで、悲しそうな顔になり、今にも泣き出しそうになった。困ったな、と手をこまねいている。横ではジュンイチロウがDJしている。しばらくどうしようもない時間を過ごしていたらハセちゃんがオレとミキちゃんのただならぬ空気を察したのか、ミキちゃんを踊り場に連れ戻してくれた。ミキちゃんは踊り場の挑発にまたぞろ激しく反応し、踊り始めた。

その日はいつも通りフォギーを楽しんだのだが、その日は「アタシ、争いたくないんです」という酔っぱらいの放ったメッセージがオレの脳裏に度々去来していた。それは何の意味もない発言だったのかもしれないが、どうもそこにブルーズを感じていたようで、考え込むというよりは何だか滑稽なブルーズに感じ入ったというか、総じて可笑しみを伴うリフレインであった。しかし、明日は明日で用事があるし、そろそろ帰るかなと上着を取ると、それをみつけたミキちゃんが駆け寄ってきた。「お帰りですか」とまたつぶらな瞳である。「う、うん」と応じると手招きしてフォギーの入口にオレを連れて行くようだ。オレは何かまた重要なメッセージがあるのかと思ってついて行ったら、「では、お気をつけて」と出兵するヒトを見送るような迫真のセリフである。オレはフォギーのみんなに挨拶して帰るつもりであったが、また戻るのも「では、お気をつけて」のミキちゃんに悪いし、もう何だか面倒くさくなってしまったので、「じゃあまた」と言って、階段上がって扉を開いた。新年の冷たい空気に身が引き締まる。みんなに挨拶するつもりだったのに、思ってポケットに手を突っ込む。
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