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バンドマンに憧れて 第24話 屈辱のボイトレ〜アクセル、クラッチ、ブレーキー誕生

沓沢が加入してから赤い疑惑の演奏はかなり前進した。というよりも正確には少しマシになった、というべきか、とにかくドラムが安定するとバンドサウンドは一気に引き締まるものだ。その頃、松ちゃんはリズム感がまったくダメだったからベースのキレは悪く、私は私でギターを流暢には弾けなかったし、ボーカルもやらなければいけないので、マシになったとはいえ演奏の程度はたかが知れたものであった。だから沓沢のドラムの安定感はかなりの支えになったのだが、調子のいい沓沢はすぐに図に乗って生意気なことを言い始めた。なんと私の歌のクオリティが低い、と言い出したのだ。

これには流石に私も憮然としてしまった。何を入ったばっかのバンド初心者が偉そうに、とダメキャラを売りにしていた沓沢にディスられたことにカチンときてしまった。しかし、実はバンドで歌うことに関してはそもそも最近始めたばかりのようなものだし、もともと自信がなかったこともあって、沓沢の指摘は図星をついているのだった。私は何と生意気なヤツをメンバーに入れてしまったもんだろう、と思いながらもディスられた悔しさと、ミュージシャンとしてやっていくには歌がダメなら致命的ではないか、という焦燥感に苛まれしばし思い悩んだ。スタジオ練習時の自分の歌を録音して聴くとその煩悩は募る一方であった。

私はミュージシャンとして成功するんだという中学生からの夢にこだわっていたこともあり、この沓沢からの辛辣な批判はかなり突き刺さるものがあった。パンクやローファイなら許される価値観を沓沢はバッサリと、そしてあっさりと否定してくれたのだ。パンクスは音楽を、または楽器を習ったり、ひたすら練習して上手くなったりしてはいけない、ダサいというような思い込みがあった私だが、あまりの悔しさから「歌が上達する本」のようなものを図書館で借りてきて読み始めたりしたのだ。

その類の本をパラパラと見て、たとえば割り箸を口に挟んだまま歌う練習をするんだとか、やれ呼吸法だとか、何やら巷に溢れる歌が上手くなるためのいろいろなアドバイスを少し試してみたりした。しかし、どうもしっくりこない。元々が練習嫌いなのもあるが、これじゃ全然ダメだと思った。それで次の手段として私はインターネットでボイストレーニングのスクールを調べ始めた。他人に頼ろうという訳だが、習い事だなんて、自分が超ダサいと思っていた行動だ。ところがその時はヤケ糞半分、ホントに上手くなったら儲けもん、というテンションになり、やや興奮気味に西荻から近い阿佐ヶ谷のスクールに目星をつけた。

とはいえその当時は日中飲食のアルバイトをしていただけで小遣いに余裕はなかったので、かなりリーズナブルなスクールを選んだはずだった。私が訪れたのは阿佐ヶ谷駅から歩いて1、2分の、線路脇にあるかなり建坪の狭い雑居ビルの一室だった。ワンルームのアパートのような間取りだったかもしれない。とにかく狭くて殺風景な部屋で、私は若い女性の先生と2人きりでレッスンなるものをこなした。もろに音楽スクール出身です、というような私の感覚からは程遠いタイプの女性だったので、2人きりとはいえど私は一切エロい気持ちになったりはしなかった。

しかし、正味1時間ほどのレッスンだったか、その先生はとにかく一生懸命やってくれた。とりあえず声を張る時に使う腹筋の場所と、その筋肉を使った声の出し方を何度も何度もバカみたいに教えてくれた。それを意識しながら、高校生の時、軽音部でやらされた声だし練習と同じ、「ドレミファソファミレドー」というのを先生の伴奏に合わせてキーを上げ下げしながら発声した。

私はバカらしいな、何でこんなことやってんだろう、と片方で思いながらもなけなしの小遣いでレッスンしているので片方では結構真面目に頑張った。月に何日通ったか、もう覚えてないが結局金銭的な都合と、単純に飽きてしまったというようなことからたった3ヶ月で私はリタイヤしてしまった。

ところがこの3ヶ月の発声訓練は効果があった。スタジオ録音で聴く自分の歌声が明らかに変わったのだ。といっても上手くなったという訳ではなく、相変わらず音程が揺れる音痴な感じは変わらなかったのだが、発声の感じが変わっただけで随分聞こえがよくなったのだ。

それに対するメンバーの反応をもはやどうもよく思い出せないのだが、それ以降は沓沢に歌についてディスられることはなくなった。そういうわけであれが最初で最後のボイトレとなったのだが、おかげで自分の中でも歌うことが前よりずっと楽しくなった。同時に、習い事なんて、とバカにしていた己を恥じ、何事も決めつけはよくない、と悟ったのだった。

そんなこんなで何とか前向きに活動する中、沓沢加入以降の新しい曲が少しずつ出来上がっていった。そこで私は自前のMTRで、完成した曲を録音して発表することにした。CDプレスや流通のことは分からなかったのでCD-Rで録音したものを焼いて安い価格で販売することにした。プレスされたCDでなく簡易なCD-Rでも、印刷したジャケットで飾れば、数少ないとはいえインディー系のレコ屋に持っていけば直接卸せることはgutsposeの活動を経て知っていたし、とにかく早く自分たちの作品を人に聞かせたかった。

そしてジャケットを構想する段階で私はメンバーのクレジットをどうするべきなのか考える必要があった。日本人のロックアーティストの場合、英米にかぶれて姓名を逆にしてアルファベット表記をするか、または本名なり芸名なりを日本語表記するか、そのどちらかが一般的である。私の場合、「かっこつけることはかっこ悪い」という美学(早川義夫の「かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう」の存在を知らずに)を持っていたのでアルファベット表記案はまずないな、と思った。日本人なら日本語で堂々と表記しろ、ってことはゆるぎなかったんだが、本名を漢字でそのまま表記するのもそれはそれで堅苦しい気がした。

この頃の私および赤い疑惑にとって、ユーモアやギャグセンスは非常に大事な要素だった。私は中学の時に大好きだったニューロティカや、大学時代に感銘を受けたロマンポルシェ、漁港などのシュールなギャグセンスを漂わせるアーティストの影響を多大に受けていたので、パンクなのにギャグってたり、ハードコアなのにプッと吹き出しちゃうようなエッセンスは赤い疑惑にも導入したいと真剣に考えていた。また憧れていたレスザンTVの谷口さんのスカムな音楽のように、音そのものにギャグセンスを感じるものも好きだった。

そういう訳で、私はメンバーに芸名をつけよう、しかも、サンプラザ中野のようにカタカナ表記を入れてちょっとしたハズシた雰囲気を取り入れよう、と考えた。そして出てきたのがアクセル長尾というネーミングだった。

何でアクセルという洋名を引っ張ってきたのか、今では閃きの経緯まではしっかり思い出せないのだが、ガンズのアクセル・ローズの存在が大きかったのは間違いない。ということはガンズの熱狂的なファン?まさかまさか、私はそれまでガンズアンドローゼズの曲は一曲も聴いたことがなかったのだ。しかし、何故かガンズのアクセル・ローズといえば破茶滅茶なおバカ野郎キャラ、というイメージが私の中で出来上がっていて、バカなアウトローを目指す私は勝手にアクセルという名前を拝借する気になったのだ。

さらに私はロックンローラーに憧れていた割に、スターのようにハイテンションに振る舞い客を盛り上げるような性格でないことを自覚しており、むしろどちらかというとダウナーというかポケーっとしてる人という印象を周囲に抱かれていることも知っていた。ネガティブだったりシニカルな側面があることも自覚してたので、ステージ上では変身してその逆のアッパーなキャラをアクセル全開で演じるつもりでもあった。

アクセル長尾という芸名を思いついた時、瞬時に閃いたのはアート・ブレーキーというジャズドラマーの名前だった。私はジャズにほとんど入れこんだことはないので、アート・ブレーキーがどういうキャリアを背負いどういう性格のドラムを叩く人なのかまったく知らなかった。今もまったく知らない。知らないけど、いいのだった。アクセル・ローズすらよく知らないアクセル長尾が命名するのだからそこはもうどうでもよかった。

問題はそんな一方的な命名にドラマーの沓沢本人が納得するのか、ということであるはずだ…。それが、これもどうもよく思い出せないのだが、難航した記憶はなく、むしろアート・ブレーキーから取っているのだから満更でもない反応だった気がする。有名なジャズドラマーということならば詳しく知らなくても、何となくカッコいいと思ったに違いない。それに、まず私がふざけた芸名をつけた時点でそれに反対しなかったのだから、そういうカタカナ混じりのおちゃらけた命名を悪く思ってなかったのだろう。

それでドラマーがブレーキーに決まったら、じゃあ松ちゃんはどうする?ということになり、誰からともなく、アクセルとブレーキがあるならクラッチでしょう、となり、松ちゃんはその時から松田クラッチになった。今振り返ると何でそんなふざけた芸名を好んで取り入れたんだろう、と不思議で仕方ないが、恐らくカッコつけることがカッコ悪いと思っていた私の捻くれの表出だったのだろう。

メンバー命名の後、得意の後付けで「車はアクセル、ブレーキ、クラッチ、どれか1つでも機能しなかったらもう走れない」とか「アクセルのA、ブレーキーのB、クラッチのCでABC!」などと言い合っては笑い、妙な団結心を共有し始めたのだった。

つづく
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アクセル長尾

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