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アクセルの意気地記 第24話 こと子じゃなくてプリンセ(シェ)スー!

ブログを少しお休みしてる間に、髪は伸びる、背丈も伸びる、ウンチはトイレでできる、おしっこもたまにならトイレでできる、両足閉じてジャンプができる、ペットボトルの蓋を開けられるようになる。挙げればキリがないが日々成長していくのが分かる。

言葉を覚えるスピードもどんどん加速して、「とうちゃん喉乾いた〜」と言われた時は驚いた(それがクレヨンしんちゃんの物真似であったことに後で気づく)。言葉は家族の会話や、保育園での交流、そしてネットフリックスで観る動画アニメなどから着々と吸収していく。

少し前に吃りが激しくなって心配したが、時間とともに気にならなくなってきた。ググると、言葉を吸収する時期における幼児の吃りは珍しいことではないそうだ。

絵本は今「ぐりとぐら」にハマっていて、結構な頻度でせがまれて読むことになっている。この「ぐりとぐら」という絵本のことは私もよく覚えている。覚えているということは好きだったからである。姉とか従姉妹のことまでなぜか思い出す。従姉妹からもらったのかもしれない。

今数十年の歳月を隔て、私が声に出して読む。ページをめくる毎に、こんな物語だった、こんな動物が確かに出てきた。エモーショナルな気持ちと共に、すぐに脳は私にそういうことを思い出させた。

こと子が他の絵本よりも特別にこの本に夢中になっているのを見るにつけ、この作品がいわゆる名作であり、絵や、言葉の使い方、テンポに魔法がかかっていたことが分かる。だから私も好意的に覚えているのに違いない。

何度も読んでいるうちに、こと子が部分部分のセリフを重ねてくるようになった。特にパンケーキ作りの材料の部分「いちばん おおきな おなべ、こむぎこ、ばたー、ぎゅうにゅう、おさとう、ぼーると あわたてき、えぷろんを2まい、まっち、りゅっくさっく。」はお気に入りで元気よく声をあげる。ピーさんと一緒に実際に卵を割ったり、泡立て器で混ぜ混ぜしたりしてママのお手伝いをした最近の記憶が、菓子作りに対する興味をグッと持ち上げているようである。

「ぐりとぐら読んでー」ということこのリクエストをはぐらかして誤魔化そうとしていたら、こと子はダダこねずに1人でページをめくり始める。おでんくんの時と一緒でいつのまにか前半の数ページを記憶して読み上げている。まだひらがなを読む能力はないはずなので、脳が特殊な力を発揮して文章を音で覚えてしまうのだろうか。幼児の声で紡がれる物語のなんと可愛らしいこと…。

こんな風に書き出すと如何にもこと子がいい子ちゃんのように感じるかもしれないが、イヤイヤ期は絶賛続いていて、一旦イヤイヤモードに入るとまだまだ骨が折れる。

先日羽村の動物園へ、こと子とデートした時のこと、閉園時間が近づいてきたので、そろそろ帰ろうか、ママに会いに帰ろう、と門をくぐった。羽村動物園は都内で唯一の市営動物園なのだそうだが、その為か駅から歩いて20分くらいかかる辺鄙な場所にある。動物園から駅に向かって少し歩くと左手に大きな公園がある。私は往路でこの公園の存在には気づいていた。幅の広いデカい滑り台や、アスレチック仕様の滑り台、都心の公園ではあまり見かけない上り棒ほか、豪華な遊具が並んでいるので、動物園に行く前にこと子がここで遊ぶ、と言いださないか心配になった。しかし往路ではこと子の注意がそちらに向かなかったようで難なく通過できたのだが、復路で遂に公園の存在を見つけたこと子は、動物園の時よりもテンションを上げて、「ここで遊ぶ〜」と叫びながら公園に走り込んでいった。

もうこうなったら仕方がない。少し遊ばせて満足したら帰ろう、と考え直した私はこと子がそれぞれの遊具で一通り遊ぶのを保護観察し、そして「じゃあ、そろそろ帰ろうか」と誘った。すると、帰らないー、と言い張る。まだ遊ぶのだと聞かない。私は、じゃあ最後に1回だけ滑ろうか、と大きな滑り台の前でダダをこねてること子と一緒に階段を登って一緒に滑った。もうこれ以上遅くなりたくない、と思っていた私は滑り終わるや強引にこと子を抱き抱えて公園を後にした。

こと子は納得がいかなかったようで、私の腕の中で「もっと遊びたかったぁ〜」と泣き叫んでいる。こと子が全力で泣き出すと顔が四角になる。こと子を抱えながらバギーを押すのは難儀で、100mくらい歩いてから私はこと子をバギーに乗せようとしたが、こと子は泣きじゃくりながら身体を海老反りにさせて意地でも乗るものかと頑張る。

私は一旦諦め、というかお手上げ状態になってこと子がその歩道上で大声で泣き叫ぶのを、泣き叫ぶままにさせて空を見上げた。

今まで生きてきて、街中で、買ってほしいものを買ってもらえなかった幼児が、道端で泣いたり暴れたりして親を困らせるシーンを飽きるほど見てきた。その度に、もし自分が親の立場だったら、どういう作戦で切り抜けるのだろう、と考えたりしていた。とはいえ、こうしたらいいのだろう、という答えは導き出せなかったし、直後には忘れてしまう。

今こうして泣きじゃくり、泣き喚く幼児を持って私はやはり途方に暮れている。タイムアウト。いい歳を重ね、親になったが、こんな時に子を黙らせる術などあるのだろうか。私はこと子の泣く勢いが弱まるのをただ待った。そして泣きくたびれた頃、コッピ、そろそろママが家に帰ってくる時間だから一緒に帰ろう、ね、ね、とゆっくり諭すように話しかけた。それでもまたしばらく泣いていたが、ふと、ママのとこに帰る〜、と言い出して、しかも自分からバギーに座った。

ホッと一息ついてバギーを押し始めたらこと子はすぐに大人しくなった。あれ、と覗き込むと疲れ果てて寝ていた。

そんなこと子だが、やっぱり何やかんや女の子。知らないうちに女の子っぽいしぐさや、言葉遣い、目つきを身につけ始めている。そして、当然のように「お姉さん」に憧れ始めた。ウンチをトイレでできるようになったこと子の次の課題はオシッコである。

オムツからパンツに代わる過程には「お姉さんパンツ」と呼ばれるものが存在し、こと子はお姉さんに近づきたいのでお姉さんパンツを時々試しては、失敗してお漏らしをしてしまったりする。

ピーさんと私は、こと子のお姉さん憧れを利用して、お風呂や歯磨きを嫌がる時、言うことを聞かない時に、そんなんじゃお姉さんになれないよ、といって脅かす。絶対的な効果はなくても一定の効力がある。

逆に褒める時も、例えば服を自分で着れた時、脱げた時、すごい、お姉さんみたいじゃん、と褒めるとこと子は得意顔になる。オトナに近づくことは子どもの憧れである。私も歳をとることでオトナの男に少しずつ近づくのを好ましく、誇らしく感じていたことを思い出す。誰しもそんなもんだろう。

こと子がお姉さんに憧れ出したのはそういう訳で違和感なく受け取っていたのだが、ある時、
「こと子、今日は何して遊んだの?」
と話しかけると、
「こと子じゃないよ、プ・リ・ンセ(実際はシェ)・スゥ!」
とすかさず返されて私は吹き出さずにはいられなかった。女の子らしさというものを私はナメていた、と思った。女の子らしさというのはここまで無邪気に自身を持ち上げることができるのか、と感心するより他なかった。

そらからしばらく、こと子はプリンセスで、私が、こと子、とか、こと子ちゃん、とか、コッピー、と言うたびに、プリンセスだよ、と言い直された。ピーさんが、外でもこんなこと言ってんのかなぁ、と苦笑していたけど、実際保育園などでプリンセスと公言していたらしい。

成長も早ければマイブームもすぐに過ぎ去る。こと子がプリンセスじゃなくなるのも、きっと時間の問題だろうと思っている、寂しいようだけれど。
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