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長尾玄武という本名で歌うことにした

私の本名は「長尾玄武」と書いて「ながおはるたけ」と読む。「玄」というのを「はる」と読むことは一部の漢字マニアには可能かもしれないが、人名訓として調べられるものの、学校の先生始め第3者にズバリ読み当てられた、ということはない。

武将のような名前でカッコいい、ということを子どもの頃よく言われ、羨ましがられたが、それは長尾景虎、武田信玄、この日本史上に名を残す2人の名将の字面からのイメージによるものと、幼いながらも分かっていた。が、それは嬉しいことではなく、私は言われるたびに苦笑いした。というのは私には男らしさの自覚が十分でなかったし、実際モヤシのような痩せ型で、運動もダメなら腕相撲なんかも滅法弱かったからだ。何しろ親に剣道をやらされたのに、小手が痛いのが嫌ですぐ辞めたほどで、武将とは遠くかけ離れた部類の人間であるという自覚が強かったくらいだ。

そんな体たらくで、武将のようでカッコいい、と名前を褒められても私には嫌味のようにさえ聞こえてくるので閉口せざるを得なかった。

しかし、その武将的なということでなく個性的な、という意味では私は何となく「玄武」という名が嫌いでもなかったし、中国の四神の名前を由来にしてつけた、という父の説明を聞いて、それならば、武将っぽさなど忘れて、とりあえずもっと堂々としていればいい、と思うようになったのも本当だ。武将よりも神様に由来という方がおこがましいような気もするが、亀と蛇が合体した神様なのでとりあえず個性的だと思うことの方が作用した。

さて、私は高校生の頃にフォークやローファイ(ヘタクソだったりクオリティーが低かったりを憚らない音楽ジャンル)という音楽と出会い、ギターで自作の曲を作るという趣味を始めた。ギターのテクニックには自信がなかったが、適当なコード進行を作り、適当な歌詞をつけて、という曲作りの作業は割りとスラスラできた(今はそんなにスラスラできないが)。

当時、重ね録りをするためのMTRという機械がバイト代を貯めれば買える時代だったので、そのMTRを手に入れてからは、ギターを弾き、ベースを弾き、ドラムマシンでリズムをつけて、というようなことをやり始めた。確か高校2年生くらいの時だったはずだ。

普通、フォークソングと言えばギター1本で歌を歌う、そのシンプルさが魅力でもあり、強みでもある。しかし、私はギター1本で弾き語りをする度胸とテクニックがありそうもなかったので、とりあえずそのMTRで重ねて作った曲をカセットテープに落とし、それを作品として近しい友人に売ったか配ったのかしたらしい。

そのデビュー作品にどんな曲を収録したのか覚えてもいない。とりあえず仲が良くて個性的なセンスの絵を描いていたマチャミという友達が描いた、宇宙人のような絵に「ねろ」と名前をつけて芸名としたことだけ覚えている。フランダースの犬に出てくる少年「ネロ」の純真さと、歴史人物辞典で見た魔性皇帝「ネロ」の邪悪さ。相反する2つのキャラを孕んだ感じが面白いかも、とその高校生当時の刹那的な感覚で私のプロジェクトは「ねろ」となった。

その後バンドを並行してやるようになるのだが、いろいろの事情から「ねろ」は作品を作り続け、「1人で弾き語りをする」という行為も進んでやるようになった。もちろん、その際も何となく「ねろ」という名義で活動しており、活動名義をあまり深く考えてなかったのだが、高田渡など、フォークのビッグネームを知るようになってからは、ステージネームを本名にする潔さに憧れ始めた。

それでも「ねろ」という名義を今まで続けたのは、小山田圭吾がソロプロジェクトを「コーネリアス」としたような、ソロプロジェクト流儀に身を任せようとしていたからなのだが、最近のようにバンド活動が以前よりできず、自ずとソロの弾き語りの機会が増えるようになると、ステージネームが「ねろ」というのは、はっきり言って分かりづらいのではないか、ということが気になっていた。私は圧倒的にバンド「赤い疑惑」の人間として知られ、アクセル長尾という芸名で知られているからである。

ましてや私はコーネリアスでもないし、それどころか、弾き語りのライブを告知してもお客さんを全然呼べないような無名のしがないおじさんなのである。

私が弾き語りのオファーを受けると、大概フライヤーには「ねろ(akaアクセル長尾)」または「ねろ(from赤い疑惑)」と表記されてしまい、その方が周囲、界隈の人からは分かりやすいからなのであるが、それはどうにもこうにもややこしさ孕んでいる。そしてソロプロジェクト名義の浸透のしなさをはっきり物語っていて、何となくすっきりしないところがあった。

もう重ね録りを本分とするような活動スタンスでもないし、ギター1本の弾き語りスタイルもある程度できるようになったし、潔く本名を使ってしまおうか、という欲求が上記諸事情と相まってきた。

私は遂に本名を解禁することにした。「ねろ」という名義が嫌になったというよりは、もう本名を出した方がグッとくるし、分かりやすい唄のラインナップになっているのではないか、と思うに至ったからであり、これから10年20年歌いたいのなら本名の方がきっといろいろの面でいいと思うからなのである。
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