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アクセルの育児記 第38話 家族コンサート

2人の娘の育児記は随分サボりがちで、現在長女のこと子が6歳、次女のふみが2歳、こと子は来年、遂に小学生だ。

昨年末に父が亡くなり、母はとっくの昔に死んじゃったので、ランドセルを買うのは山形の義父が、好きなのを買いなさい費用は私が払うから、と申し出て下さったのでお言葉に甘えることにした。

私が子供の頃、ランドセルといえば、男子は黒、女子は赤、選択の余地などなかった。が、時代は変わり、今はいろんな色のランドセルが出ているのだそうだ。資本主義は選択肢を広げて、どれがいいの、と迫ってくるのである。

義父が具体的にランドセル買ってやる、と言ってくる前は、こと子は1人で思案して「ランドセルの色は青緑色にする」と豪語していた。私は青緑色というのがよく分からず当惑していたが、いざ選ぼう、とピーがスマホでこと子に画像を見せながら選ばせると、何故かベージュのランドセルに決まったようだった。

さて、次女のふみはお喋りも達者になり、歩いて転ぶようなこともほとんどなくなり、赤ちゃんという印象から一気に幼児、という雰囲気をまとい、物怖じせず、人見知りもしない性格から、何か物凄く強い存在感を示すようになってきた。

少し前に、久しぶりに会った叔母が、この子は「お姉ちゃんには負けないぞ」っていう顔してるわね、と笑いながら私に言った。確かに目力といい、体格といい、図太いものを秘めていると思っていたが、なるほど第三者から言われると、そうかやっぱりこの子は!となって可笑しさが込み上げてくる。

こと子も幼児の頃は太っていてお腹もポッコリ出ていたが、じきにポッコリは収まって、私に似たのでしょう、時々お腹が痛いとトイレに行くような胃腸状態のせいか、すぐに痩せ始め、今ではすでに私のように肋骨が浮かび上がる痩せ型である。ふみの、ドンと出たお腹も、こと子と同じようにすぐに引っ込んで、幼児体型から子ども体型に移行するものだと思っていたが、ところがふみのお腹はなかなか引っ込まない。その図太い態度に見合う可愛い出腹はそのまま図太い主張を隠さない。

「キョウダイなんてみんなホントに違うからね」とはよく先輩方からいただくアドバイスだが、私はそれがどんな感じなのか、こと子とふみにそんな違いが出てくるのかな、と半信半疑だった。ところが、どうでしょう、すでにふみのそのドーンとした雰囲気は、こと子の2歳時を思い出してもまるで似ていない。人見知りしないのは共通してても、溢れるバイブスは全く違う…。

こと子が繊細で面倒見がいいのに対して、ふみは奔放で豪快。2人仲良く遊んでいるが、喧嘩になると大体こと子が泣かされている(上の子が泣かされるのもよくあるらしい…)のである。ふみは凶暴で、こと子が泣きながら私のとこへ来て「何もしてないのにふみが眼を指で刺した」などと苦情をもらうほどである。叩いたり、蹴ったりするらしいので、そんな苦情が入るたびに私はふみに、蹴っちゃダメでしょ、叩いちゃダメでしょ、と怒ったフリをしながら申し出るのであるが、まだ2歳だからなかなか響かない。むしろ注意すると不貞腐れて反抗的な眼差しが返ってきたりするほどである。

魔の2歳児だとか、イヤイヤ期だとか、これくらいの歳だと駄々こねてギャーギャー泣いたりするのは、世間並みで、こと子のそれを体験してるので、ふみのそれにはそんなに驚かない。子育ては2人目から雑になる、と言われるが、まさにそんな感じで私もピーさんもある意味テキトーにふみを育てている。

喧嘩もするが、ほとんどは仲良く遊んでいる、2人で勝手に遊んでいれば、こんなに放任してていいのかな、というくらい子育ては楽になってくる。4歳も歳の差があると、上の子はシャラくさくて下の子とちゃんと遊んでくれないんじゃないかな、と心配したが全く杞憂であった。近所のチビどもが集まれば、小学生中学年くらいまでは、幼児を交えて一緒に遊んでいる。子どもの社交界は健全で、立派である。

私は長いこと下手なギターと歌を人前で披露するようなことをやってきた訳だが、パンクと称してヘタを言い訳にしていたほどの亜流であるから、自分の子に音楽をやらせたい?なんて聞かれようモノなら謙虚に、いや、そういう期待はないです、とカッコつける予定だった。ところが、ダメなのだ、例えば私が思い出したようにギターを弾き出したら、ふと娘らが、なんだなんだと寄ってきてギターを触ったりしてくるだけで嬉しい。

最近はこと子の好きな曲のコードを探って、自分が伴奏してこと子に歌わせたり、そんなことをやっていると、もう楽しくなってしまい、この子がそのうちホントに曲を作ったりするようになったら…、などと妙な妄想まで始まってしまうようなのだ。

こと子みたいに上手に歌えなくても、ふみもいろいろと歌うようになってきたので、先日、地元のお祭りに私が弾き語りで出る際、演奏の途中で、そこら辺で遊んでいること子をステージに呼び出して無理矢理歌わせた。ちなみにふみは勝手にステージに上がってきたので一緒に歌わせたら、案の定大受け。

子どもをダシに使うなんてアーティストとしてご法度だろう、と昔の私なら思うところだが、今の私にそんな意地やプライドはなく、もう、成り行き任せに、むしろ子どもが出てきて会場が和むなら、私の神妙な歌をただ聞かせるより親切だろう、などとすら考え、堂々と家族コンサート。

実は親子共演は初めてじゃなくて、私は父のラテンの伴奏をしていた時期がほんの少しだけあって、家族共演の恥ずかしさなど、もはや皆無といえるかもしれない。若さはこだわり。歳とりゃどんどん緩んでいく。

父のラテンの伴奏だってパンクバンドを始めた頃には想像だにしてなかったけど、親子がステージに立っているというギャグのような、マジのような稀有さ。ハタから見たら、奇跡のように映ることも知っている。だから、私は姑息に娘たちをステージに呼び寄せた。お父さん、もう無茶振りやめて、と直接苦情が入るまで、チャンスさえあれば、私はこの禁じ手を使うことをこれからも厭わないのだろう。
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