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地区民体育祭

地区民体育祭のお知らせが回覧板で回ってきた。挟まれたプリントには競技名、その脇に参加表明を記名できるような表が刷られている。コロナ禍を経て4年ぶりの開催なのだそうだ。ところが、ウチの隣組(地元近隣で共同作業する際の区分け)では誰の参加表明もなく、新入りの我が家が勇んで参加を表明するのはいささか憚られた。私は極度の運動音痴で、小学校の時から運動会が苦痛だったため、軽度の運動会トラウマを持っていることもあり、我が家も参加表明を書かずに回覧を回した。

数日後、野良仕事をしているとお隣のIさんが声をかけてきた。Iさんが声をかけてくれるのは珍しいことではない。
「おう、長尾さん、地区民体育祭来るんだろ?」
おう、という一言に親しみが感じられる。私は回覧が回ってきたが、参加表明しなかったことを伝えると、
「いいんだよ、関係ないから」
そっか、(紙に参加表明しなくても)いいのか…。私は笑った。

ちなみにIさんはお隣さんだが、隣組の区域の境界線で分かれているので隣組自体は別になるのだ。Iさんはこの辺の地区の中でもとにかく社交的で愛嬌があって、しかも真面目だから、信頼されて地域の人にいろいろ頼りにされてるのを、私は最近少しずつ気づき始めていた。(きっと地区民体育祭を盛り上げるために頑張って人集めしてるんだろう…)そう思うと無下に断るのも申し訳なく、Iさんがいるなら安心だし、と参加することに決めた。

Iさんは我が家に隣接する国道の上に架かる高架の向こう側の家なので敷地が隣り合うわけではないが、移住当初挨拶回りした時、1番感じよく対応してくれた方で、必ずオヤジギャグを挟むサービス精神を忘れない、愉快なおじさんである。以来近隣のことではいろいろお世話になっている。

そもそも地区民体育祭がどういうものなのか知らなかったが、いざ本番を迎えて参加してみると、なるほどO町全域から各地区でチームを作り、リレー、障害物競走、借り物競走、綱引きなど、定番の種目で順位を争うものだった。往年はO町のすべての地区が参加していたそうだが、近所付き合い離れ(田舎でも起こっている)、コロナ禍などが障壁となって参加しない地区が増えたそうだ。「前はコースの周り全部が地区のテントで埋まってたんだけんど…」という声が聞こえたが、なるほど、会場となった小学校の校庭の、200mコースの周りには今回参加した地区のテントが歯抜けのように、またはシャッター商店街のように寂しくまばらに並んでいる。

来てみれば高齢化した田舎町のささやかな運動会である。競技の緊迫感は希薄で、高齢者が全力疾走するわけではなく、みんなほどほどにやっている。参加して、風通しよくして地域自治や地域コミュニティが活性すれば良いわけだ。運動会トラウマのことなど忘れ、私はO町のあらゆるところから集まってきた人達をただ眺めているだけで楽しく、ぼんやりまったり過ごした。私も妻も競技には参加しなかったが、子供の少ないこの町で、2人の娘が短距離走に出てくれたおかげで新入りとしての気まずさは薄れたし、子どもつながりで新たな知り合いができたりもした。

初めは参加表明しなかったものの、私は外から移住してきた人間として、地域のコミュニティにうまく溶け込みたかったし、そういうきっかけを欲していた。それが今回少しできたかもしれない、と体育祭が終わる頃には参加してよかった、という気持ちになっていた。

「おう、長尾さん、16時から打ち上げやるから来いよ!」
とIさんが声をかけてくれたので、私達はこれはまたさらに打ち解けるチャンスだな、と家族で参加することにした。場所は近くの集落センター。私は野暮用があったので、妻子に先に参加しててもらい、私は後から行くことにした。

野暮用を済ませ、一度帰宅して身支度を整え外に出た。雨がパラパラ降ってきている。さっきまで平気だったのに、いや、そもそも雨の予報で体育祭の開催も怪しかったのだ。体育祭で降らなかっただけよかったのだ。

私は傘はささないつもりでカッパを着た。集落センターは国道から見て私の家と同じ側にあるが、小山に阻まれて直接繋がる道が存在しない。なので例の高架を渡りIさん宅前を通り過ぎ、道沿いにグルっと左に回って再度出た国道を注意して渡らないと辿り着けない。しかし、裏の小山の藪をかき分けていけば多少短縮できる。しかもその小山は私が買った裏山なのだ。

裏山から集落センターまでの道のりは途中から篠藪をかき分けなければならず、私は鎌を手に道なき斜面を歩いた。藪の開拓は初めてではないが、こっちの方だよな、と思い進もうとしても篠竹の密生具合が思いの外はげしく、なかなか進めない。大した距離じゃないのに、陽も落ちかけてきて私は少し動揺した。

まあ、最悪戻れば家に着くわけでと思い、進むか戻るか迷ったが、暗くなってきているので迷ってる暇もない。戻ろうと思い振り向くと戻る方角が分からなくなってしまった。動揺が焦りに変わり、チクショウと鎌を使わずにガツガツ進もうとしたらコケた。ヤバい。私は自分ちの裏山で遭難するのか…。雨は激しくなるし泣きそうになりながら右往左往してると、人の騒ぐ声が聞こえた。「あそこだっ!」集落センターが視界に現れ、テンパった自分が恥ずかしく、冷静さを装い直し、いそいそとセンターに突入した。しかし、ずぶ濡れのカッパに篠の葉がかしこにくっついていたので、みなが驚いたような顔で私を見た。
「どうしたん?」
「いや裏山から近道できないかと思ったんですが、遭難しかけて…」

私が裏山でもたもたしたせいか、到着した頃には打ち上げがひと段落していて、帰る人は帰るような時間になっていた。家族も、もう帰る、というので、(裏山からくるんじゃなかったかもな)、と反省したが、飲んべえチームはまだ残りそうな雰囲気だったので、Iさんのテーブルに、この土地の新入りらしく控えめに座った。
「おい、長尾さんだよ、移住してきて植木屋で働いてるんだ」
飲んべえチームに私は紹介された。その中にキューちゃんと呼ばれてるジイさんがいた。私と同じ隣組なので知っている方で、しかもこの辺の庭仕事をちょこちょこ頼まれてこなしている植木屋さんだということも知っていたのだが
…、
「おお、植木屋なんだってな、だけどコイツはオレんとこに挨拶にもきねえんだ」
と冗談ぽいが、嫌味に棘がある。私は、確かに挨拶しに行ってないが、そこまでする筋合いじゃないと思っていたので、特にそれには答えずに受け流した。Iさんとキューちゃんが中心になって酒が進んでいる。2人ともビールだが大分酔って口調が普段よりべらんめえだ。
「でもよぉ、何だよキューちゃん、Xさんが、ええっ、アイツが何て言ってたんだよ。オレに直接言えばいいじゃねえか」
Iさんは怒ってるようだ。Iさんとキューちゃんは幼馴染なんだろう、へべれけの応酬に腐れ縁を感じさせる勢いがある。どうやら地区のことで何だか食い違いがあるらしい。私は分からないことだが、その2人の酔ったやり取りを脇で聞いていたら、ふとオヤジの酒の飲み方を思い出した。

オヤジが田舎の実家に帰省した時に幼馴染と飲む時の、あけすけな、あの雑な感じだ。オヤジが死んでしばらく経ち、私はこういう酒の飲み方を、ペース配分といい、久しぶりに見た。Iさんは怒っているらしいが、「何だよ」と怒りながらも相手のコップにビールを注いでる。2人の話しを注意深く聞いているような顔のTさんは下戸らしいが、2人のビールが減るとすぐにビールを注いでいる。酒を飲まないのに、しかもほぼ喋らないのに先に帰らずに最後まで付き合う、こういうタイプの人、いるよな、などと私は可笑しかった。

私が輪に入って1時間ほどして、じゃあ、お開きだな、となった。長尾さん、これからも頼むぜ、などとふらつくIさんに言われた私は、飲んだ後千鳥足で家路に着くオヤジの姿を思い出した。中肉中背の具合もIさんと重なった。

田舎暮らしを堪能し、移住仲間が増え、楽しく暮らしていたが、今一歩地区に溶け込めずにいる気がしていた。コロナ禍で地区の飲み会が途絶えたらしかった。だが、体育祭から打ち上げまで終わって私は、少しだけこの地区の住人になれたのかもしれない、と思った。
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