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チンネンとスキヤキ

電車に乗り込むとすぐに携帯がないことに気づいた。携帯がないということは明朝チンネンと現場で落ち合うのに甚だ不安である。携帯は日本人の生活を全般的に支えているらしい。しかし、その携帯を忘れる、というあるべからざる行為が今回の富山行きの旅情を早速促進するらしかった。残業のため集合時刻ギリギリに夜行バスに乗り込む。オレの隣の席の男性は後から来たオレの顔を不思議そうな眼でジロジロ眺め回した。何かオレの顔に問題があるかい? 先日の松山遠征でも利用したけど今回も夜行バスである。この窮屈感はどうだろうか。夜行バスに乗るくらいなら、と夜行バスを敬遠するような身分に、いつかはオレもなれるだろうか。それにしても、携帯ないし、オレはこれからオレの知らない土地に勝手に連れて行かれるのだと思うと気分がいい。バス前方フロント部天井からぶら下がったテレビをボーッと眺める。爽健美茶のCMが流れている。

バスから降りるとチンネンが手を振って走り寄ってきた。田舎の駅舎前のこと、大体お互いの到着時間も分かっていたので携帯などなくとも問題はなかったのである。この高岡駅から電車で日本海沿いを氷見方面に電車に揺られて行くと雨晴(あまはらし)なるビーチがあり、そこのキャンプ場でオレ持参のテントを張る。チンネンが持ってきた簡易スピーカーでアフリカ音楽を聴く。テントの外は茫洋たる海が広がっている。お互いの音楽変遷の話しなどをして盛り上がったけどまだ早朝である。オレは話し半分に次第にウトウト、遂には寝てしまった。

起きるとチンネンが水着に変身していて滴を垂らした体でテントに顔を突っ込み、「長尾君そろそろ行きませんか」というので、「おっす、行きますか」と返事するがオレが相当に寝ぼけ眼だった為かチンネンはオレの顔を見て面白そうに笑った。オレはよく笑われる顔らしい。地元のメシが食いてえというお互いの暗黙の共通想念からオレたちはその辺を、相当長いことフラフラ歩き回ったのだが、一向ローカルな臭いのするメシ屋を見つけられず、というよりそもそもメシ屋の存在自体が稀有であるらしく、途上ビーチの近くの路地でカーウォッシュをしていた松山千春風(体つきは中肉)壮年オヤジに聞いてみるが「あそこにイタめし屋があるよ」という検討ハズレなお答え。さらに突っ込むと「さあ、外食はしねえからなア」。

泊まれる天然温泉のような、味も素っ気もない施設の、味も素っ気もない食堂の、味も素っ気もない食事を済ませたオレ達は電車を乗り継いでスキヤキが行なわれる駅に向かった。通常の車内アナウンスに飽き足らず、何故か(後にキョウショウの証言でここが藤子不二雄の故郷であることが判明したが)忍者ハットリ君の観光者向けアナウンスがはっきり聞こえないくらいのレベルで、ちゃんと忍者ハットリ君の声で時々流れるようで、それが無性にオレの旅情を刺激するようだった。

スキヤキの会場は福野という静かな田舎駅だった。この辺は広大な平野なんだろう、空が高く空気もジメッとしておらず、松山に行った時にも感じたことだが、東京の夏のジメっとした重みはあれはやはり東京名物なのだろうか、と思わざるをえない。ほどなく会場に到着して出店なんかを冷やかす。チンネンは知り合いのパーカッショニスト(サブステージで熱演後間もない)が数人いたらしく、早速太鼓をツマミにして遊んでいる。オレはイノウエ君のお店をみつけたのでイノウエ君としばし閑談。イノウエ君とは西荻のライブハウスにお客さんとして見に来てくれた時以来だが、彼とはその他ほとんどがこのような地方のお祭りで会うばっかりだから、何だか妙な気がする。オレはイノウエ君が依然、西武池袋線東長崎駅付近に住んでおり、奥さんとお子さんと暮らしていることを確かめた。イノウエ君の身体がチョコレート色になっているのは、こういう放浪家業の証であり、清々しい心の有り様をそれに認めざるを得なかった。

チンネンが金を下ろすといって会場付近の昭和製郊外型スーパーマーケットに行くというのでついていく。駐車場を含め巨大な敷地を利用した店舗は通りを挟んで2店舗構えで、一方は食材、もう一方は衣類や雑貨が売られているらしい。なにしろこの辺に住んでる人にとっては格好の「仕入れ場」であろう。ATMがあるのは後者であるらしく、そこにいたガードマンにチンネンがATMの在処を尋ねると、どうも日々の労働が退屈で仕方がなかったのだろうか、喜々として僕らをATMまで導いてくれる。思い出せないが、オッサンはしきりにしょうもない冗談を口走って、しまいまでオレの苦笑いを耐えさせることがなかった。

石川県が地元の坊さん、キョウショウが車で連れ合いとやってきて合流した。そして本日の会場となるフローラルステージとやらへ向かう。フローラルとはどういう意味だろうか、とにかく植物園の一角を利用した屋外のステージで、そこに向かう路上ではサンバやアフロパーカッションや吹奏楽隊の集団がカーニバル行進をして観客を会場へと誘う仕組みになっている。目抜き通りにはスキヤキの旗が電柱に定感覚を経てぶら下げられているし、通り沿いの民家にはことごとくスキヤキのポスターが貼ってある。オレとチンネンは町起こし的なこのイベントの持つ、または約20年間続いてきたらしいタフなこのイベントの持つ潜在的なパワーに既に圧倒されつつあった。

ライブが終わったら、もうテントを貼ったビーチに戻る電車は存在しないようだった。チンネンがキョウショウに頼み込んでビーチまで車で送ってもらえることになったので、安心して夜の富山ドライブを楽しむことができた。正確に言うと「日本屈指のクンビアレコードコレクターだよ」とチンネンが賛ずるキョウショウの、その相方の車だ。その相方の車はジープなのだった。オレはジープに乗るのは久しぶりだ。オレとチンネンとキョウショウが乗り込んだ後部座席両脇天井部には丸型のイカしたスピーカーが備えられていた。オレの聞いたことない曲ばかりかかるから、程よいタイミングで、これは誰の曲なの、と運転しているキョウショウの相方に尋ねると、「これは……」といってカーナビの液晶画面をいじって曲名とアーティストを確認してくれた。ほうほう、そうですか。オレはその後もそのインデックス画面にしておいて欲しかったが、当然画面は車の現在地点表示に戻されてしまったので、その後は気になる曲があっても聞かないで我慢することにした。

電車で約1時間の距離だったので車でも結構な時間を要した。キョウショウ達には偉い迷惑をかけてしまった。彼らは「いや、普通に通り道でした」と判定してくれていたが、本当に彼らの帰途に悪影響を与えなかっただろうか。そんな心配をしながら恐縮してビーチまで送ってもらった。それなのに、翌朝オレは自分の財布がないのに気づきチンネンに青い顔をみせて動揺を浮かべ、すぐに冷静に昨夕のことを振り返ってくれたチンネンがキョウショウに電話をかけてくれ、するとキョウショウの相方の車の中に紛れもないオレの財布が発見されたので、さらに彼らに多大な迷惑をかけることとなった。チンネンにとりあえずゲンキン(前半と後半で合計9000円)を貸してもらい、「いやあ見つかってよかったよとりあえず」と励ましてもらい面目のないオレは、過去に佐渡島で車の鍵をなくして地元のキャンプ場のオヤジに見つけてもらった醜態話などを恥ずかし紛れに披露したりして胸を撫で下ろすのであった。携帯を忘れ、財布を忘れ、オレの生命線はこれからしばらく、隣にいるサワキさん(チンネンの本名らしい)の手に委ねられているのであった。
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