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チンネンとスキヤキ第2話

「いやあ、みつかってよかったよ。ホントに」とチンネン。
ホントにホントによかったよ、そうだよね、とオレは思い、大きく息を吸って胸を撫で下ろした。さて、とはいったものの、大きなピンチは過ごした訳ではあるが、こうなったら財布と再び巡り会うまでの間、オレはチンネンにお金を借りねばならぬだろう。
「チンネン済まない。お金借りていいかな」
「あ、うん。もちろんいいよ。どれくらい必要かな」
「うぅ…」
慣れないお願いをしたのに加えて、あとどれくらいあれば財布が戻ってくるまでの間━━さっきキョウショウと明日の夕方金沢で会う約束をしたのでその時までの間━━凌げるのかどうか、という金銭的な概算をしていなかったので、オレは口ごもってしまったのだ。するとチンネンは自分の財布と相談してオレに貸し与える金額を素早く判定し、オレに千円札を4枚渡してくれた。(す、少ない)とオレは瞬時にして判断したが、それはともするとチンネンという人間を侮辱し、チンネンの財布の中身を侮辱するというあまりにも傲慢不遜な不安であるだけにそれは呑み込まざるを得なかった。
「とりあえず、これで大丈夫かな。」
「う、うん。だ、大丈夫だと思う。」
オレはもちろんありがたく四千円を拝領したが、(四千円でどうやって明日まで凌ごうか)といういろいろな計算で頭がいっぱいになった。しかし折角チンネンと来たスキヤキをオレのドジによって少しでも悪いものにしたらチンネンに申し訳ない、という一心で、チンネンには焦りをバレないように、努めて平常に振る舞うよう努力した。

会場までの電車で570円使ったので残りは3500円くらいであった。オレの予定では今晩金沢に行ってそこでは漫画喫茶にでも泊まるつもりだったので、そうなるとそこで2000円弱使うだろう、金沢までの電車代が1000円くらいだから残りは500円くらいしか使えないじゃないか、と思ってやはりハラハラした。二人とも朝から何も食べていない(今は昼過ぎ午後2時)のでとりあえずメシを食べようということになったが、オレはできるだけ安く済ませにゃなるまい、と思っていた。チンネンは駅前の今風のラーメン屋に眼をつけていた。
「あそこどうかな」
「うぅ、そうだね…。会場の出店で食べない?」
「でも、なんか(外じゃなくて)店入って食いたい気分だなあ」
会場のメシなら、選びようによっちゃ400円くらいで済むのではないか、と踏んだのでオレはそれを提案してみたのだが、自分を押し通す身分でもない、カネを借りているのだし、と強く思ってチンネンの提案に委ねた。

ラーメン屋は混んでいた。オレとチンネンはひたすらボーっとして待った。他に6組くらい待っている人がいるらしかった。外来者のオレ達以外は地元の人達だと思われた。何でこんなに混んでいるのかチンネンといぶかしんだけど、もしかしたらこの人達は、せっかく日曜日だし、というささやかなシアワセを満たすべく、ラーメン屋に来ている、のかもしれない。いや、実際にそのようである。オレはしみじみと待ち続けた。待ち合いの椅子、オレの隣に女子高生が二人、めっちゃ腹減った、とかなんとか言いながらピーチクパーチク(決して下品という程ではなく)話しているようだった。顔を覗く訳にはいかないが女子高生に違いない。
「でも、あたしぃ、やりたいことなんてないんだよねー」
どちらかの女の子が自嘲気味に言った。二人はさっきから将来どうするよ(またはどうするべ)、というこの先の展望について(というありきたりのことを)話していたようで、今、そんな風に言った子はさっき、「まあ希望としては教師になりたいんだけど…」とかいうことを述べていた子である。
「やりたいことなんてないんだよね」
彼女のその発言を聞いてオレは咄嗟に心の中で(そうだよね。そうだよね。それでいんだよ。うんうん)と呟き過剰に感情移入してしまった。オレがここ数年間悩んできたことの明確な答えを、彼女は呟いたのではないだろうか、と思って深く感じいった。やりたいことがない人間はダメ、という人間社会のもはや常識となってしまった悪い考え方が、この子にこんな発言をせしめているのではなかろうか。オレはその女子高生と、できるなら握手して別れを告げたい気分だったが、それは差し控え、結局30分程待った後に一番安いメニュー(「ぶっかけ醤油」600円)を注文し食べた。

また昨日と同じイベント会場でウロウロしてたらチンネンが、スーパーに行く、という。さらに、今のうちに金を下ろさないと、言ったので、オレはついていくことにし、その道すがら、(もしかするとチンネンはオレの分まで下ろしてくれるのではないかな)という助平な期待をしない訳にはゆかず、今度は財布をなくした時とは違う感じでハラハラしなければならなかった。昨日も同じATMに向かったのだ。昨日はガードマンに尋ねたりしたのだったが、もうどこにATMがあるかははっきりしていた。はっきりしていたのに、チンネンはATMから遠い入口のほうを目指して歩いている。オレは、こっちから行った方が近いよ、とアドバイスしたかったのだが、今はカネを借りている身分、アドバイスなど、とまた口を噤んだ。ATMより遠い入口を間近にしてチンネンが「あ、こっちじゃ遠回りだわ」というようなことを呟いたようだった。そうなんだよ、とオレは心の中で反応しつつも口は噤んだまま頭はお金のことでいっぱいだった。

ATMを背にし近づいてきたチンネンがオレに五千円札を渡してくれた。その時、チンネンは確かにオレの神でありえた。そして朝方、チンネンの寛大な行為(まずはの四千円の手渡し)に対し(す、少ない)などと思った自分を呪い自戒せざるを得なかった。その追加の五千円は十分な金額だった。これなら漫画喫茶にも泊まれるし━━最悪またテントで野営か、とも思っていたが、これなら明日の金沢観光も楽しめるではないか。ようやく朝から胸に巣食っていた「カネのわだかまり」から解放され、オレはその後スキヤキのメインイベントを十二分に楽しむことができた。

イベントの後、チンネンと風呂屋にいった。昼に食事をしたラーメン屋と道路を挟んだ向かいにその風呂屋はあった。建物の、何故か2階にその風呂屋はあった。2階に風呂があっても不思議ではないが1階が駐車場であって、そのせいか妙な風呂屋に見えたが中はいたって普通だった。昨日は風呂に入ってないし一昨日は深夜バスで昨晩はテントに泊まったとあって、身体は脂っぽいし疲れていたのだろう、適温に温められた湯はオレたちを心身ともに癒してくれた。中には冷水浴槽があり、太ももまで入って「ここまでで限界だわ」と凍えるチンネンを横目に、これみよがしにオレが(ペースは頗る緩慢であったが)頑張って肩まで浸かったら、素直なチンネンは「すげえ」と言って感心した。感心されると何だか心細かったが、入浴後に「いや~水風呂気持ちよかったわ~」とチンネンが呟くともなく呟いたのであり、その感じだと、オレが肩まで浸かって水風呂から出た後、チンネンも一人で冷水浴(肩まで)をしたようであり、その感じだと、それ(冷水浴)と通常の湯との繰り返し浴をたっぷり楽しんだのかもしれず、チンネンの素直さに2重に驚かされたのであったが、それはオレの思い過ごしかもしれない。いずれにせよオレとチンネンは「ホントさっぱりした」とか「気持ちよかったー」とかオバちゃんのように繰り返しながら高岡行きの電車に乗った。

電車は2両編成で、人はほとんど乗っておらず、東京ではもう珍しいボックス式シートで、都会よりもガタガタと揺れるこの富山のボロい電車で羽を伸ばし、一入旅情に浸っていた。さらに、もしも東京の通勤がこんな感じだったらどんなにシアワセだろうか、という淡い、またはアマい考えに思いを巡らせた。
高岡に到着。チンネンは高岡から深夜バスで今晩東京に帰る予定になっていた。バスの時間までまだ2時間ばかりあるので駅周辺で最後の晩餐をしようということになったが、駅の周りをグルグル歩いても全然メシ屋がなかった。まだ21時くらいだから少しはやっている━━イベント会場のここよりもとんと田舎の福野駅周辺よりは少なくともメシ屋がある可能性は高いだろう、と思っていたが、一向にみつからなかった。客がいないのかブラブラしているタクシーのドライバーを捕まえて(チンネンが)尋ねてみると、オジさん暇なんだろう、そうだな~、とか言いながら、二、三カ所検討を口にしていたが、結局どこも閉まっていてダメだった。地元のドライバーだったらそれくらいパッとでてきそうなものだし、ないなら、この時間やってる店は無いよ、と言ってくれればいいのに、そうだな~とずっとオレたちの為に考えてくれていた。誰かと話していたかったのかもしれない。

あちこち、約1時間近く彷徨った後にちょっとシャレオツなカフェのような店がまだ営業していたので、まったく旅情はないものの、もう草臥れていたし、お互い納得してそのシャレオツなカフェに入った。オレはオムライスをチンネンはベーグルサンドを食べた。オムライスはオススメメニューだっただけあって、卵をふんだんに使ったトロトロ具合と、それに包まれた玄米ベーコンライスと、にんにくの効いたトマトソースとが素晴らしいハーモニーを醸し出しており、旅情はないが、食欲は大いに満たされた。また食後に頼んでおいたカフェラテも泡立てた上部にシナモンがあしらわれていて、量が多めで飲みきれなかったし、旅情はなかったがすごくウマかった。
僕らの席の向かいに1人で来ている車椅子のお客があり、驚いたのはその男性は足の指で携帯を操作しているのだった。足の指で器用に携帯をいじり、メールでも打っているようである。手は麻痺しているのだろうか骨だけのような細さ。NHKのドキュメンタリーでも見ているような錯覚にも陥り、些か吃驚したが、後で気づいた以下のことはまたオレを複雑な気持ちにさせたのである。
そのお客さんは、1人でその店を回していたマスター(30から40代の柔和な表情の男性)の昔からのトモダチだったらしく━━二人の会話の砕け具合からそのように推察されたのだが、そのお客さんの喋り方というのが、甚だ意外な印象だった、ということにオレは少なからぬ衝撃を受けていた。オレはその身体不自由な男性に対して、恐らく控えめで謙虚な感じの人であり話し方もそれに準じた調子だろう、という先入観を抱いてしまっていたのだが、実際の彼の話し方はそこらへんの兄ちゃん口調、とでも言うのか、砕けていて、節目によってはちょいと傲慢にすら響く腹立たしい喋り方でもあったのだ。オレは何だかすっきりしない妙な心持ちになったが、そんなことを今チンネンと話し合う訳にもいかず黙っているしかなかった。
チンネンの高速バスが出発する数分前の金沢行きの電車に乗ろうとしたオレに合わせて、オレたちはシャレオツカフェを後にし、電車出発までの時間が意外と差し迫っていることに気づいて小走りで駅まで行き、明日、オレの財布を届けてくれることになっているキョウショウの電話番号を、オレが切符を買う間、チンネンが駅事務室でメモってくれ(実は一回メモったキョウショウの電話番号をオレはさっきの風呂屋でゴミかと間違えて捨ててしまっていたのだ)、それを手早く渡してくれた。お別れを口早に告げ、アツい握手を交わしオレは階段を駆け上がり、22時50分発の金沢行き電車に乗り込んだのであった。
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