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バックパックとギター

今日は平日ライブなので職場に無理を言って早退。パンパンのバックパックを背負って、エレキにしては重い部類に入るであろうフェンダーのテレキャスターを肩から担いで電車に乗ってオレは下北沢に向かう。新宿を経由して小田急線で向かう。車内のドアよりの一隅、オレが立っていたドア際の位置からオレの視線に入っていたオバちゃんが列車発車後から何だかソワソワしている。オバちゃんどうしちゃったのかな、と少し気にしていると、おもむろに━━イヤホンで音楽を聞いているオレに向かって何事か尋ねてきた。初め、よく聞こえないなと思って右のイヤホンを外して、何でしょうか、とこちらから逆に問い合わせると、
「この電車は藤沢に行きますか」
と不安げな顔でまた質問してきた。オレは小田急線はアウェイだから咄嗟にはよく分からない。オレは下北沢に行けさえすればよかったのだから。しかし基本的にオバちゃんに弱いオレは、オバちゃんの不安には誠心誠意答えたいと思った。ふと視界の片隅にあった電光モニターに「for FUJISAWA」と表示されてるのを、その瞬間たまたま発見できた。
「大丈夫。これは藤沢行きですから。」
「はあ、そうですか」
それでも数秒間、まだオバちゃんは不安げな顔を続けたが、どういう心境なのか、すぐに安心した表情に変わって微笑んで、ありがとう、と言った。よく見るとオバちゃんは右手に杖を持っていた。
杖を見るとオレはアサヒ染色━━オレが以前バイトしていた染色屋の社長を思い出す。オレはそのオバちゃんに惚れ込んでいた。話すことが男勝りの豪快さに溢れ、オンナの、オレがまだあまりよく知らない母性、というものを全面にたたえていたから。目の前のオバちゃんはアサヒ染色の社長よりは幾分上品でおっとりとした感じであったが愛嬌があった。オレはこの後、下北で降りてまだ意義をみつけきれていない謎のイベントに出演する為いろいろのことを考えていたわけだが、この目の前の、藤沢行きのオバちゃんと接触して何だかいい気分になった。

疑念の拭いきれない、本日のイベントは、オレにとって、またはクラッチンブレーキーにとって、非常に学ぶところの多い体験だった。う~む、いったいこれは何であろう、始終オレは考え続けた。中学生の頃、または高校生の頃、オレはこんなノリを観た気がするし、それを大変な事件として楽しんでいたことをふと思い出す。軽音楽部の先輩とスパークスゴーゴーのライブに行った時のこと。あれは何ていうスタジアムだっただろう。とにかく若いネエちゃんがわんさかステージの前方にひしめき合ってキャアキャアやっていた。オレはスパークスゴーゴーを楽しみたかったのにノリノリのネエちゃんの腰とか尻とかに圧迫されて苦しかったことを思い出す。アイドルとは何であろうか。何故、人にはアイドルが必要なのであろうか。そしてアイドルの前で人はどういう態度でいるべきなんだろう。

イベントの中身の空気よりオレが妙に感じたのは楽屋の中の息苦しい感じだった。デカい鏡が置いてあるような楽屋だ。トイレもオトコ用オンナ用、冷蔵庫にテーブルに椅子。オレたちがこういう楽屋に入るのは初めてじゃない。それにしても音楽や芸能を銭っこにしている方々と音楽や芸当が銭っこになってないオレ達とが、ひとつ屋根の下に押し込まれるというのは妙な気分である。出演者やスタッフがオレ達にまで気合いの入った挨拶をしてくれる。誰が出演者で誰がスタッフなのかもよく分からない。分からないこと尽くしだ。オレは、君は、音楽で一体何がしたいのだい?

地元の東小金井からの帰途、最近トモダチにもらったCDRをウォークマンに差し込んでそれを聞きながら自転車に乗る。CDR盤面にはそのトモダチのメモで「波」と書いてあった。途端、ザザーと波の音が始まった。(ホントに波だ)、と思い、(でもそのうち波をフィーチャリングした心地よいアンビエントのような音楽が始まるのだろう)と勝手に期待していたが、いつまで経っても波の音はずっと波の音だった。つまらないけど心地いい音だな、それにしても荷物が重すぎだな。ゆっくり漕ぎながら小金井公園をすり抜けようとすると後ろから何か近づいてくる気配、しかもそれがポリスだということが、不思議だが咄嗟に分かった。ポリスの携帯している懐中電灯がオレとオレの自転車を煌々と照らし出した。波の音が爆音で鳴り続けているイヤホンを外す
「すいません。自転車の防犯登録だけ確認させてください」
「……」
「すぐ終わるんでね。ちょっと」
「……ほんとにすぐ終わるんすか」
「すぐ終わります。ちょっとご協力お願いします」
こういうアルバイトみたいな取り締まりをしているポリスは妙に低姿勢なヤツが多く、それが逆に鼻についてオレは大嫌いだ。
「それは何ですか?」
「……見たら分かると思うけどギターです」
「今日は練習か何かで?」
「……」
この後しばらく、そんなことオマエ、ホントに知りたいと思ってんの━━例えば、「へえ、ちなみにギターの型は何なんですか?」「……え、……フェンダーのテレキャスですが」というような、白々しい機嫌取りのような会話が続き、しまいにはバックパックを指差し「それには何が入ってんですか?」ときやがった。オマエ、さっき防犯登録だけ確認させてください、って言わなかったっけ。その時点でオレも随分イライラしていたのだが、このポリスメン(いかにも善良そうな顔してる)にも家族がいて、養う人がいるかいないか、とにかく同じ人間であり、生活のためにこんなバイトみたいな取締りしてるんだな、と思うと喰ってかかる気にもなれない。だけど、一応
「見せなきゃいけないんですか」
と切り出すと
「隠さなきゃいけないようなモノがあるんですか」
と売り言葉に買い言葉、常套句で返してくるので、畜生と思い、
「いや、でもオレそういうこと(権力を利用してプライバシーを踏みにじるようなこと)反対してる人間なんで」と頑張る。確かポリスにそんな権利などないはずなのだ、多分。
「お気持ちはよく分かりますが最近物騒なモノ持ってる人多いんですよ」
「……物騒なモノって何なんですか」
「いやね、ナイフとかね、最近多いんですよ。あの秋葉原の事件なんかがあってからね」
ナイフか、確かにそんなモン持っているヤツがいっぱいいるなら物騒だよな、結局オレはそれでも煮え切らないがバックパックの中身を見せてやった。ポリスは懐中電灯を使ってオレの荷物を調べながらこれは何だ、それは何だ、と聞いてくる。いったいプライバシーの侵害などと表面では文明面している日本国は何なんだ。大体こんな大荷物もって、ギターを担いで登山姿のような人間のバックパックからナイフなんて出てくると思ってんのか。そんなご苦労な犯罪人がいるのか。バカバカしくて悲しくなってしまう。
「はい、ご協力ありがとうございました。じゃあ、時間とらせて申し訳なかったです。夜道お気をつけて」
最後まで誠実顔の二人のポリスに「ご苦労様です」と告げ、自転車のペダルに足をかける。イヤホンを耳に戻すと「ザザー」と波の音が続いてる。(ホントに波の、波の音だけのCDなんだな)ボンヤリ思いながら、田無高校前の急坂をゆっくり滑りおりていった。
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