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……みたいな、……的な考

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大好きな殿山泰司さんの本の中で触れられていて
記憶の片隅にぶらさがっていた小沢昭一さんという人の本を、
この間古本でみつけて読んでいて、
あまりにも自分にストライクな内容だったので今夢中である。

昭和50年代のエッセイだろうか、「……みたいな」という語尾が
巷でやたらと氾濫していたらしく、
その不自然みたいな、「……みたいな」の使われ方に当惑している
小沢氏の慨嘆みたいな、ことが綴られているみたいな。

それでオレも最近みんなが躊躇なく使っている「……的な」という
言葉の使われ方に躊躇しながらも自分も使っちゃっている的なところがある。
今もイベンター的な人から電話があって、その人が
「自分も音楽イベントというとあまり関わったことがなくて、
とりあえず赤い疑惑さんのスケジュール的な部分を……」
ということをおっしゃっていたので可笑しかった。

「的」というとパッと思い浮かぶのは「積極的」とか「消極的」とか、
「退廃的」とか「潜在的」とかそういう風に使われるのが僕の認識だったけど、
今みんなが使っている「的な」にはまったく縛りがない。
「やっちゃった的な」とか普通の述語の語尾に
とりあえずつけてみる的な使われ方がされていて、
聞いていると妙な気分になる的なところがある。
下手をすると「的な」で文章を止めて含みを持たせて、
更には語尾を上げて相手の想像力に自分の表現力の弱さを
カバーしてもらう的な?
「的な止め」的な。

この妙な「的な」使われ方を初めに意識したのは、
大学時代の仲間で焼き肉屋に入った時のこと。
オーダーを取りにきたむっつりとした給仕に
僕らが一通りの注文を伝えた後に、
沓沢ブレーキーが付け足すように
「あの、後ハラミ的な何かないですか?」
この発言に、その席を囲んでいた仲間が思わず吹き出し、
いつも細かく突っ込み役に徹するホーヤが
「ハラミ的なって何だよ。ハラミでいいじゃねーか」
その突っ込みに対して負けず嫌いのブレーキーは
ブツブツ言い訳をこぼしていたけど、
しばらくその後ブレーキー発の「ハラミ的な」という言葉が流行った。

それからもう随分と月日が流れるけれど、
今じゃ誰も「ハラミ的な」じゃ驚かないし、
誰も突っ込まないし、もう野放し的な雰囲気で会話は成り立っている。

これもかなり以前のことだが松田クラッチが、
パンクのレコード屋に電話をして「何時頃までやってますか」
と問い合わせたら「何時頃っていうか9時までです」
とこれもむっつり店員にイライラ口調で突き放されたそうで、
確かに「何時頃」ではなくて「9時」に店は閉まるんだろうけど、
そりゃ厳しいよな。
別にクラッチじゃなくても日本人は
そういう風に物事を曖昧に表現するのが癖だし、
そうしたほうが相手に柔らかい印象を与えたりするもんでないですか。

「的な」の使い方もそういう日本人の、
モノをはっきり断言しない性質に寄りかかって流行っているんだろうから、
オレはもうどうでもいい的なところがあるんだけど。
ちなみにドラマの方の「赤い疑惑」が中国で放映された時は、
「血的疑惑」って訳されたんだってさ。
これはあんまり関係ないけどネ。
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