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ワンマンライブ 小岩での奇跡

前日、マーズでラジカルミュージックネットワークの祭があって、オレはそのイベントに、出演しないにも関わらず熱を入れて参加してしまったため、新宿歌舞伎町にて終電を逃し、しかし疲労の為ひとりになりたかったので仲間に暇を告げてマンガ喫茶で夜を明かしたのだった。始発で実家に帰りしばし就寝。十時頃再び起き出して準備を開始し、十二時からのスタジオ練習へ出発。車にはギター二本、エフェクターケース、物販の赤い疑惑グッズ、ステージ衣装等が積み込まれた。今日は我らが赤い疑惑のワンマンライブなのだ。

スタジオ近隣のクラッチ邸へ向かう途中で、前売りチケットの予約リストメモを、うっかり部屋に忘れてきた事実に気づいて狼狽した。乗り込んできたクラッチに、オレは今これこれこういう訳で不安なんだ、と伝えて同情してもらった。クラッチはまだ起きたばかりのような、ぬぼーっとした顔をしていた。オレもよく、ぬぼーっとした顔をしていると言われるようだが今は関係のないことだ。

ブレーキーから、一時間十五分程遅刻する旨のメールが来たので、オレとクラッチは、それでは仕方がない、とばかりにスタジオのベンチで世間話を始めた。昨日のマーズのイベントはやっぱりヤバかった、とか、そうそう、クラッチが帰った後リョウ君と酔っぱらいがケンカになっちゃって、とか、主にハナシは、前日新宿マーズで行なわれたラジカルミュージックネットワークについてであった。それにしてもクラッチはそんなハナシをしている間もタバコを本当にウマそうに吸うのだ。オレが今タバコを吸わなくなったのは身体に合わない感じがするからなのだが、クラッチのようにタバコは、どうせ吸うのならウマそうに吸うべきだと思う。

ブレーキー到着後、今日のワンマンでやるセットリストの通しリハーサルをやってみる。約九十分を予定したセットリスト全曲を通すことはできなかったが、まあ、後はやるだけだね、といういさぎのよさ、あるいは諦めの早さをいつの間にかオレたちは身に付けてしまったのか、大して焦りもしない。だって、もう後はやるだけだからさあ。

撮影クルーのツダ君とコンタクトをとって初台で彼を赤いワゴンに乗せ、四人で東東京小岩シティーに向かう。運転は車の持主の倅であるオレ、アクセルが担当しているのである。首都高で新宿御苑から地下に潜り、霞ヶ関(そこがどこなのか把握していないが)などを通り抜け、ビルの合間を縫うようにして走る高速道路からの眺めに、不思議とうっとりと幻想的な気分になる。このコンクリに支配されたマチは一体ナンナンダ。

完全に東東京エリアに入っても、見渡す限りビルや住宅が隙間なく広がっている東京の異様さを改めて感じながら、しかしその辺から道路が空いてきたので、後は現場のブッシュバッシュまでスイスイと車は走った。ブッシュバッシュに着いたオレたちは皆空腹だったので、丁度いい、キクチ君のゴハンはおいしいから、とオレが交渉してオープン前のラウンジでキクチパスタを食べさせてもらう。オレは豆乳カルボナーラ。残りの三人はネギソーズのパスタを食べた。

お腹がくちくなったところで、本当ならボーッとしてたいところだが、リハーサルをやらなけりゃイベントが始まらないので気合いを入れ直してリハーサル。ブッシュバッシュの“気持ちのいい”スタッフがテキパキと対応してくれる。今日はいつもの三倍くらいの持ち時間で、途中エレキギターからガットギターに持ち替えてみたりなど変則的なアクションもあるので通例より長めにやる。対バンがいないので焦らなくてもいいのだ。イヒヒヒヒ。

それにしてもオレは今日はイベントDJもやることになっているのだ。ブースのサウンドチェックをしてそのままオープンにしてもらった。DJを去年ひょんなことで始めてから、月に一、二回はDJをやる機会を得るようになったのだが、いつまでたってもDJミキサーの使い方に四苦八苦しているようだ。お客さんがチラホラと入ってくる。クラッチがニヤニヤとオレのプレイをチェックしている。クラッチはビールを飲んでいるようで(これもタバコと一緒でウマそうに)、随分リラックスした感じだが、今日のライブはちゃんとやってくれるんだろうか。

DJとして今日来てもらったアメちゃんが二杯目のカレーを食べている。「昨日帰ってからほとんど何も食べてなくて腹がへってしょうがない」とさっき顔をしかめていたくらいだから驚くことではないのかもしれない。しかし二杯目に突入したのはアメちゃんだけじゃないようだ。ふと目をやるとブレーキーまでもが、さっきはパスタだったのに今度はキクチカレーにとりかかっているではないか。さっき、お腹がくちくなった、と書いたのにブレーキーには全然足りなかったのかもしれない。キクチ君のゴハンがおいしいことの証明にもなったようだけど、オマエそんなに食べてこの後ドラムをちゃんと叩けるの?

そんなことを考えていたらクラッチが寄ってきて、同じくらいのタイミングでアメちゃんもオレの方へやってきて、二人で口を揃えて「玄ちゃん!(ナガオクン!)、反対の音も出てるよ」と注意している。どうやら本当なら出てはいけない、次にオレがかけようとしてる曲までスピーカーから出ているようだ。気がついて慌ててフェーダーを下げる。このっ、モグりディージェーめ! しかしここで尻込んだら終わり。「オレがディージェーアクセル長尾だぜ~、イエ~イ」オレはマイクを握ってほとんどお客さんのいない会場で自己紹介を開始。オレが、今日のディナーショウの張本人、アクセル長尾なんだ。よろしく頼むゼ。

お客さんがまた少し入って来た。ので、DJをアメちゃんにバトンタッチ。ごキゲンなヤツをお願いします。オレはご来場してくれた知り合いと挨拶をしたり、またアメちゃんの隣に行ってマイクを握ったりしながら、自分の中では落ち着いてるつもりで、だけどきっと「傍から見たら落ち着きない行動」を繰り返しながら時間を過ごした。意外とお客が集まってきているみたい。ああ、よかった。これで一安心。後はやるだけなんだ。

楽屋に行ってステージ衣装に着替える。打ちっぱなしのコンクリートと、何故か敷かれていた業務用の青ビニールシートと、床の赤黒いシミの跡とが、殺人現場を思わせる、とはいえ、明るい蛍光灯の照明のせいで、結局はただの楽屋だな、という印象に落ち着いたところの楽屋で、上半身はちょっと前に購入したラテン風シャツ、下半身は約十年前にベトナムでゲットしたカーキのズボンに着替える。クラッチとブレーキーも後からやってきてオレと同じように着替えをする。赤い疑惑はいつもステージ上がる前にこうやって変身しなければならないことになっている。最近はそんな楽屋の光景をツダ君がレンズに収めているようだ。

アメちゃんがかけている曲のテンポに合わせてオレたちは楽屋を飛び出す。赤い疑惑のワンマンライブが始まる。フロアに出るとお客さんは瞬発的な早さでオレたちのお囃子に同調し同情してくれている。それをすぐに感じ取り、今日はもう大丈夫だ、そう思った。そう思ったら一気に余計なチカラが抜けていくのを感じた。ドゥーワッ、ドゥワッドゥーアーカイギワック、ドゥーワッ、ドゥワッドゥーアーカイギワック。いろんな方角からオレや、クラッチや、ブレーキー以外の声が聞こえて来ている。ラウンジを通過し、ライブスペースへ、まるで何とやらの笛吹きのごとく、オーディエンスを引き連れてお囃子は続く…。


今、ステージ前のフロアーで、ブレーキーのボイスビートにのってクラッチと二人でラップするオレは、今年三十二歳になる、昭和五十三年生まれ東京育ち。ロックに人生を狂わされ、ロックに人生を捧げた、お人好しの厚顔無恥であり、ナガオカズメヒコという偉人の倅、アクセル長尾であり、オレは今、ここでこうして声を張り上げて唄うことを精一杯楽しむために、毎日毎日、変哲のない日常を潜り抜けて生きている。そうじゃないのか? だったら楽しめばいいんだよ、精一杯。もう一人のオレがそう囁いている。オレは、うるせーな、とそのもう一人のオレを払いのけながらも、(…でも確かにオマエの言う通りだ、そうでしかない、そうするに決まっているじゃないか)ともう一人のオレのメッセージを再び噛みしめながらオレは笑顔を浮かべていた。オレが、ここでこうやって好き放題ふざけている姿を、その場にいるみんなが温かい笑顔で見守ってくれている。いや、見守ってくれているだけじゃない。一緒に声を上げてくれている。手を挙げてくれている。身体を揺らしてくれている。顔をクシャクシャにして泣いてるヤツもいる。


田無の実家までの帰りの赤いワゴンは、ビールでアルコールが入ったオレに代わって姉が運転してくれた。姉貴はオレの、かけがえのないトモダチのような存在だ。赤い疑惑が何を目指しているのかどうか、そんなこと関係なく、赤い疑惑をとりたてていい、とも悪い、とも評論することなく、ただそばにいてくれる。これが兄弟というものなんだろうか…。赤いワゴンに初めて乗るアメちゃんと、何度か乗ってるサトシと、時々乗っているホウヤと、いつも乗ってるクラッチと、賑やかに喋りながら夜中の東京を横断するドライブは、大成功だったライブの疲れとあいまってものすごく尊い時間に感じられたのだった。
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