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父の実家の祭り

こんばんは。
お元気ですか。

僕は先週末父の実家の山口県周防大島というところに行って、
父の実家は神社なのですが、
その神社で25年に一度行なわれるという伝統的な行事に参加してきました。
その大島という島は瀬戸内海に浮かぶ割りと大きな島なのですが、
風光明媚な素晴らしいところで、一応観光に来る人もいるようなところなんです。
しかし今は過疎化が進んでいて、行く度に廃屋が増えてもいるようなんです。
僕は今回、暇をみて、父の実家の周囲を、丘に上がったり、ふらふら散歩したのですが、
その時にそういう、人が住まなくなって痛んだ家屋をたびたび、
自分の眼で見て確認して、すごく悲しい気持ちになりました。

僕は年を取る毎にその島の魅力や美しさを知るようになりました。
特に母が亡くなってからは特にそう思うようになったのです。
だからその島の過疎化が進んでいるのを目の当たりにするのは何だか寂しい。

今回の帰省でも僕は島の美しさと、
それに加えてその島の、父の実家があるその部落の人達の美しさに
たびたびハッとさせられました。
僕はフリーターでバンドマンという、
ましてそんな田舎だと余計にうさん臭がられがちな身分だったので、
その父の実家に帰るのは面倒臭い時期もあったのですが、
いろいろと時が解決してくれて、
今ではその島に帰れるタイミングが楽しみになっています。

今回帰省したのは、その神社で25年に一度行なわれるという、
そんな歴史的な行事に親族の一人として参加するためだったのですが、
そのお祭りというのが本当に愉快でした。
一通りの神道らしい儀式が1時間ほどで済むと、
そこからは神社の境内をふんだんに使った手作りのお祭り、という感じでした。
福引きがあって、そこに群がる原始人のような地元のばあちゃん、
普段はたこ焼きを焼いているという人がその日は臨時でやってる今川焼屋さん、
地元のおばちゃんですら「こんなのめったに作らないよ」といっていた、
擦ったゴマと味噌で作る「ごじる」なる汁物の配給、
神楽で出される幼児の出し物や、
ロボットみたいにこちこちになって津軽三味線を弾くばあちゃん、
ついつい興奮して自分も我忘れ殺到してしまった餅撒き。
どれをとっても新鮮で感動的でした。
人々が近所からその祭りに集まってきてる具合が、非常に具体的で自然で、
だからはっきり言ってしまえば東京もんで部外者である僕なんかでも、
退屈、という気分にもなることもなく、とても居心地がよかったのです。

プログラムの後半に剣道大会というのがありました。
これがまた新鮮で印象的でした。
実は僕は小学生の3、4年くらいまで剣道をやっていたのです。
神社と剣道というのは密接なんでしょうか。
神社育ちの父は自分もガキの時にやっていたからか、
僕にも剣道やらせたかったのでしょう。僕は嫌でしょうがなかったですが。
父より十歳下の、神主を継いでいる叔父も剣道が強くて、
それでその叔父の娘達、つまり僕の従兄弟も剣道をやらされているようなのです。
余計なハナシになるのですが、この従兄弟は6人で全部女の子だった。
神社だから跡継ぎが欲しかったのですが、男の子が生まれずに女の子ばかりが生まれました。
6人生まれた時点で遂に諦めたみたいなんですが、
その兄弟の一番上の子が僕より10歳くらい下ですから一番下はまだ小学生なんですよ。
それでその剣道大会にその6人の従兄弟の内2人が出場していた。
境内で行なわれた試合は予選を勝ち抜いた決勝戦6試合。
小学校低学年、中学年、高学年、中学校1年、2年、3年の部、
それぞれに分けられたクラスの決勝戦が6試合行われたのです。
その6試合のうちの2試合に僕の従兄弟が出てた訳です。
年少のナギちゃんは見事相手を打ち負かして優勝したのですが、
年上のミハルのほうはいつも勝てないという相手にやはり負けてしまいました。
試合が終わって両陣営でそれぞれの選手が防具を外しているのですが、
試合に負けてしまったミハルはというと面を取ったあと、
その面を外した両の手を地面に突っ張って、
肩ぐらいまでの髪を重力に委せるままだらりと垂らし、
自分の膝あたりをじっと見つめたまま動かないんです。
もしかして泣いている…、と僕は呆気にとられてしまったのですが、
僕が観戦していた隣で観ていた上から2番目の従兄弟のアキエが
「ミハル泣いちょるわ~、負けず嫌いじゃけぇあの子は~。かわいそう」
と同情しながら僕に教えてくれるのです。
僕は何だかとても涙もろくなってしまったのですが、
その従兄弟、といってもこんなに、まだまだ年端もいかぬ少女が、
今目の前で突き当たった壁と、その壁を越えられずにただ悔しくて泣く姿とに、
無い物ねだり的な憧憬の念を覚えてしまい、ついつい僕も泣いてしまった。

お祭りは餅撒きをしおに終わって、
後は境内の下にある、なかなか大きな日本家屋である父の実家の、
畳の3部屋をぶち抜いて作る大きな客間で、
祭の手伝いをしてくれた氏子奉賛会を労う接待宴をにぎやかに行ない、
21時頃には綺麗に終わったのです。

ただ祭りの感動を伝えたかっただけのつもりで筆をとったのですが、
やはり剣道大会の従兄弟の涙のことは書きたくてついつい長くなってしまった。
祖母は20日に一度退院、父は21日に東京に帰るそうです。
ではまた。
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